横河ブリッジHDの歴史
沿革
1907年に横河民輔氏が興した橋梁・鉄骨専業メーカーが起源。
1989年にシステム建築事業部を新設し、2009年には住金ブリッジを子会社化して橋梁事業を拡大した。橋梁とシステム建築を2本柱とする鋼構造物メーカーで、2007年に持株会社体制へ移行した。
創業期
1907年〜横河民輔氏の橋梁・鉄骨専業メーカー創業と株式会社化
- 横河民輔氏が橋梁・鉄骨専業メーカーとして創業[1]
- 株式会社に組織変更[1]
- 芝浦第2期埋立地を工場用地として取得[2]
- 室戸台風で大阪工場が浸水し生産を停止[2]
- 満鉄の要請で奉天出張所を開設[2]
- 満洲橋梁を設立[2]
売上高
- 売上高
横河ブリッジホールディングス売上高—
成長期
1940年〜深川工場の開設と東証一部への指定替え
- 深川工場を開設[1]
- 終戦により事業場を一時閉鎖[1]
- 新陣容で再発足[1]
- 株式を公開[1]
- 東京証券取引所市場第二部に上場[1]
- 東京証券取引所市場第一部に指定替え[1]
売上高
- 売上高
横河ブリッジホールディングス売上高—
成長期
1963年〜横河工事の設立と大阪・千葉工場の操業
- 横河工事を設立[1]
- 大阪工場の操業を開始[1]
- 千葉工場の操業を開始[1]
- 深川工場を閉鎖[1]
- 横河技術情報を設立[3]
売上高
- 売上高
横河ブリッジホールディングス売上高—
転換期
1989年〜システム建築事業への参入と持株会社体制への移行
- システム建築事業部を新設[1]
- システム建築事業部袖ケ浦工場を新設[1]
- 横河ニューライフを設立[3]
- 横河ブリッジに商号変更[1]
- 千葉工場を新設[1]
- 横河システム建築を設立[1]
- 横河工事を子会社化[1]
- 楢崎製作所を子会社化[1]
- ブリッジステージいずみ工場を新設[1]
- 持株会社体制に移行[1]
- 横河ブリッジホールディングスに商号変更[1]
- 横河工事を完全子会社化[1]
- 住金ブリッジを子会社化[1]
- 横河ブリッジと横河工事が合併[3]
- 横河住金ブリッジが横河NSエンジニアリングに商号変更[3]
- 横河ブリッジ岸和田工場を新設[1]
- 横河システム建築茂原工場を新設[1]
- プライム市場に移行[1]
- 横河ニューライフを吸収合併[3]
- 横河システム建築が横河ブリッジシステム建築に商号変更[3]
- ビーアールホールディングスを特定子会社化[4]