第3章 年〜年

東燃ゼネラル石油:中原伸之社長の合理化と特石法廃止による価格体系の崩壊

1986年〜経営会議の組み替えと、株主資本を減らす経営

1986年3月、東亜燃料工業の社長に中原伸之氏が就任した。中原氏は経営会議に役員と部長だけでなく担当課長も呼び、担当者から直接報告させて議論する形に改め、根回しの済んだ案件を形式的にかける会議をやめた。精製専業では取引先との付き合いよりも世界の原油情勢と金融情勢の読みが利益を左右するため、中原氏は『和なんて大嫌いです』と語り、中山素平氏は同氏を"徹底した合理主義者"と呼んだ。1986年12月期の経常利益は前期比61%増の914億円で、日本石油の1987年3月期の197億円を大きく上回り、1986年度の全上場企業で11位に入った。

  • 日経ビジネス 1986年4月14日号
    • [1]1986年3月 中原伸之氏が東亜燃料工業の社長に就任
  • 日経ビジネス 1987年7月20日号
    • [2]経営会議に役員・部長だけでなく担当課長も呼び、担当者から直接報告させて議論
    • [3]既に下で根回しの済んだ事柄を形式的に会議にかける形をやめた
    • [4]精製専業では取引先との付き合いより世界の原油情勢・金融情勢の読みが重要で、合理の精神が求められた
    • [5]中原伸之氏の発言「和なんて大嫌いです」、中山素平氏による「徹底した合理主義者」との評
    • [6]1986年12月期 経常利益914億円・前期比61%増、日本石油の1987年3月期は197億円、1986年度の全上場企業で11位

財務では、設備投資を減価償却の範囲に抑える一方でドル・ユーザンスを圧縮し、ニューヨークに金融子会社を設立して低コストのドル資金を調達し、1984年12月期に金融収支を黒字へ転じさせた。規制の側も動き、1984年12月に無印業者のライオンズ石油がシンガポールからのガソリン輸入計画を表明したのをきっかけに、1986年1月、期間10年の特定石油製品輸入暫定措置法が施行された。1986年11月に設置された石油産業基本問題検討委員会は翌1987年6月の報告書で、平常時は石油産業の自主的な活動にゆだねる官民の役割分担と、設備許可制の弾力化から生産計画指導の廃止までの規制緩和行動計画を示した。1986年には原油価格が2回にわたり10ドルを割り、1987年3月にはゼネラル石油が川崎製油所の主要設備を撤去した。1989年7月、東亜燃料工業は東燃株式会社へ商号を変更した。

  • 日経ビジネス 1987年7月20日号
    • [7]設備投資を減価償却の範囲内に抑制、ドル・ユーザンスを圧縮、ニューヨークに金融子会社を設立、1984年12月期に金融収支が黒字転換
  • 日本産業史 第4巻 エネルギー・資源(日本経済新聞社、1994年)「石油-規制緩和の進展と湾岸危機」
    • [8]1984年12月 無印業者のライオンズ石油がシンガポールからのガソリン輸入計画を表明
    • [9]1986年1月 特定石油製品輸入暫定措置法(特石法・期間10年)施行
    • [10]1986年11月 石油産業基本問題検討委員会を設置、1987年6月の報告書で官民の役割分担と規制緩和行動計画を提示
    • [11]規制緩和行動計画は設備許可制の弾力化から生産計画指導の廃止まで
    • [12]1986年 原油価格が2回にわたり10ドルを割った
  • 東燃ゼネラル石油 有価証券報告書(第97期・2016年12月期)
    • [13]1987年3月 ゼネラル石油が川崎製油所の主要設備を撤去
    • [14]1989年7月 東亜燃料工業が東燃へ商号変更
参考文献[1]-[14]
  • 日経ビジネス 1986年4月14日号
    • [1]1986年3月 中原伸之氏が東亜燃料工業の社長に就任
  • 日経ビジネス 1987年7月20日号
    • [2]経営会議に役員・部長だけでなく担当課長も呼び、担当者から直接報告させて議論
    • [3]既に下で根回しの済んだ事柄を形式的に会議にかける形をやめた
    • [4]精製専業では取引先との付き合いより世界の原油情勢・金融情勢の読みが重要で、合理の精神が求められた
    • [5]中原伸之氏の発言「和なんて大嫌いです」、中山素平氏による「徹底した合理主義者」との評
    • [6]1986年12月期 経常利益914億円・前期比61%増、日本石油の1987年3月期は197億円、1986年度の全上場企業で11位
    • [7]設備投資を減価償却の範囲内に抑制、ドル・ユーザンスを圧縮、ニューヨークに金融子会社を設立、1984年12月期に金融収支が黒字転換
  • 日本産業史 第4巻 エネルギー・資源(日本経済新聞社、1994年)「石油-規制緩和の進展と湾岸危機」
    • [8]1984年12月 無印業者のライオンズ石油がシンガポールからのガソリン輸入計画を表明
    • [9]1986年1月 特定石油製品輸入暫定措置法(特石法・期間10年)施行
    • [10]1986年11月 石油産業基本問題検討委員会を設置、1987年6月の報告書で官民の役割分担と規制緩和行動計画を提示
    • [11]規制緩和行動計画は設備許可制の弾力化から生産計画指導の廃止まで
    • [12]1986年 原油価格が2回にわたり10ドルを割った
  • 東燃ゼネラル石油 有価証券報告書(第97期・2016年12月期)
    • [13]1987年3月 ゼネラル石油が川崎製油所の主要設備を撤去
    • [14]1989年7月 東亜燃料工業が東燃へ商号変更

出典・参考

4件
出典・参考
  • 東燃ゼネラル石油 有価証券報告書(第97期・2016年12月期)
  • 日本産業史 第4巻 エネルギー・資源(日本経済新聞社、1994年)「石油-規制緩和の進展と湾岸危機」
  • 日経ビジネス 1986年4月14日号
  • 日経ビジネス 1987年7月20日号

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