決断
硫安の原価を下げるために、外部の資本と原料を取り込み続けた会社である。1946年に社名から「住友」を外して別府化学工業とし、1952年7月に大阪・神戸、1956年に東京の証券取引所へ上場して設備資金を市場からも調達した。1956年12月にはテキサコ式の重油ガス化によるアンモニアを中心とする総合合理化を決めたが、工事費は35億4000万円に増加した。その結果、単独での設備増強に限りが見え、1959年2月に富士製鐵が経営に参加。1960年6月には住友化学と富士製鐵の折半出資で製鉄化学工業を設立し、姫路のアンモニア工場の完成後に別府化学工業と合併する予定とした。