平均年収・従業員数 — 人員と処遇の長期推移 有価証券報告書ベースの連結/単体の年次変化と業界他社の平均給与比較
倉敷紡績の人員削減と構造改革 発表された削減計画と、有価証券報告書で確認できる実績
| 年月 | 施策 | 発表された計画 | 従業員数の実績 |
|---|---|---|---|
| 昭和恐慌下の人員整理 世界恐慌で繊維業界全体の販売不振が深刻化し、倉敷紡績の業績も悪化した。繊維製品の減産と役員報酬の減額を同時に進め、倉敷労働科学研究所など本業から離れた事業は大原孫三郎氏の個人経営へ移している。1931年の満州事変を境に綿業は再び伸び、1933年には日本が英国を抜いて綿布輸出で世界第一位となった。 | 社員5〜10%の整理と役員報酬の減額 | — | |
| 紡績設備の20%削減 第一次石油危機後の1975年3月期に単体で当期純損失約15億円を計上して赤字に転落し、韓国・台湾の繊維産業が力をつけたことで国内紡績の採算は構造的に崩れていた。佐賀・愛媛・岡山などの主力工場で順次設備を削り、繊維の規模を縮めながら非繊維の比率を上げる方針を取った。1986年にはフッ素樹脂加工品に参入し、1990年には閉鎖した繊維工場の跡地を使う不動産事業を始めている。 | 紡績設備の20%削減 | — | |
| 創業の地・倉敷工場の閉鎖 1888年の創業から105年を経て、倉敷の地の紡績生産拠点はいったん途絶えた。跡地は岡山県への賃貸に切り替え、3年前に立ち上げた不動産事業へ振り向けている。閉鎖と並行して1994年4月に鴨方工場、1996年4月に徳島工場を新設しており、この段階では生産拠点の入れ替えが進んでいた。 | 倉敷工場を閉鎖し跡地をチボリ公園として開発 | — | |
| 津工場・岡山工場の閉鎖 1936年新設の津工場は毛織物の主力拠点として73年間稼働した工場で、戦前の業容拡張を象徴する生産拠点だった。井上晶博社長のもとで繊維事業の構造改革として2工場を同時に閉じ、国内の繊維生産は安城・徳島・鴨方の3拠点に絞られた。翌2010年12月には倉敷機械を株式公開買付けで完全子会社化し、2012年4月には化成品の三重工場を新設している。 | 津工場・岡山工場を閉鎖し国内の繊維生産を安城・徳島・鴨方の3工場へ集約 | — | |
| 繊維事業の構造改革と丸亀工場の閉鎖 新興国との価格競争、国内アパレル市場の縮小、原料価格の上昇が並行して効き、繊維事業の営業利益はFY18に9億円の赤字へ転じ、FY19はマイナス17億円、FY20はマイナス18億円と赤字幅が広がっていた。藤田晴哉社長は2020年1月の取締役会で繊維事業の構造改革を決議し、3月に丸亀工場の閉鎖を決めた。国内の綿合繊紡績は安城工場をマザー工場とする体制へ集約されている。 | 綿合繊紡績の丸亀工場(香川県・従業員83名)を閉鎖 | 1,2771,203名 ▲74名単体/2020/3期 → 2021/3期 | |
| 倉敷機械の株式売却と工作機械事業からの退出 1949年に分離し、2010年12月に完全子会社化して再統合した工作機械事業を、75年を経て手放した。譲渡後、倉敷機械は商号をDMG MORI Precision Boringへ変更している。2024年3月期には譲渡を反映した特別利益17億円を計上した。2023年3月期から2024年3月期にかけての連結従業員数の減少は、倉敷機械が連結の範囲から外れたことによるもので、雇用が失われたことを意味しない。 DMG森精機 社名変更のお知らせ(倉敷機械→DMG MORI Precision Boring 2024年4月1日) | 工作機械子会社・倉敷機械の株式をDMG森精機へ売却 | 4,1893,899名 ▲290名連結/2023/3期 → 2024/3期 | |
| 広州倉敷化工製品の全持分譲渡と中国拠点からの撤退 2001年12月に設立し、日系自動車メーカーの中国現地生産に伴う部材需要を取り込んできた拠点である。西垣伸二社長は2024年度末に2つの構造改革を決め、その1つとしてこの持分を手放した。空いた資源は半導体向けフッ素樹脂部品へ振り向け、熊本事業所に約30億円を投じて新棟を建て、高機能樹脂の生産能力を倍増させる計画を掲げている。 倉敷紡績 有価証券報告書 第217期(2025年3月期)【沿革】 | 広州倉敷化工製品有限公司の全持分を譲渡し自動車内装材向け軟質ウレタンフォーム事業から撤退 | — | |
| 安城工場の閉鎖決定 1951年10月に業界最大の近代紡績工場として新設され、73年にわたって綿合繊紡績の基幹拠点だった工場である。1996年には敷地約6万坪を使って商業施設「ザ・モール」を開業し、規模を縮めながら稼働を続けていた。西垣社長が決めた2つ目の構造改革がこの閉鎖で、1888年の創業以来続いてきた国内の基幹紡績工場が消えることになった。 倉敷紡績 有価証券報告書 第217期(2025年3月期)【沿革】 | 2025年6月末を目途に安城工場を閉鎖 | 1,1761,090名 ▲86名単体/2025/3期 → 2026/3期 |
倉敷紡績と同業他社の平均年収比較 業界横比較・最新有報ベース
同業他社の平均年収(紡績)
各社の有価証券報告書「従業員の状況」より最新掲載値を集計(FY06〜FY25 · 13社)。 カードをクリックするとその企業の業績ページへ移動します。
倉敷紡績の人員圧縮は、紡績工場を一つずつ閉じていく工程として進んだ。昭和恐慌下の社員5〜10%の整理、1983年6月の紡績設備20%削減に始まり、1993年に創業の地の倉敷工場、2009年に津・岡山の2工場、2020年に丸亀工場、2025年に安城工場と、国内の紡績拠点が順に消えていった。この間に整理されたのは繊維だけではなく、2024年には1949年に分離した工作機械子会社の倉敷機械をDMG森精機へ売却し、2025年には中国・広州の軟質ウレタン事業から撤退している。連結従業員数は2002年3月期の6,500名から2026年3月期の3,714名へ、24年で4割強減った。
発表された削減計画と、有価証券報告書の従業員数が実際にどう動いたかを並べた。連結従業員数を遡れるのは2002年3月期、単体は2012年3月期までで、それ以前に実施された施策には実績を付していない。国内の繊維工場の閉鎖は提出会社の従業員が対象になるため単体で、子会社の譲渡は連結の範囲が変わるため連結で見ている。2009年の津・岡山工場の閉鎖は繊維事業に限った施策だが単体の従業員数がその期まで遡れず、2025年3月の広州の持分譲渡は同じ期に他事業の増員が重なって連結の増減が相殺されるため、いずれも実績を付していない。