決断
職人の技能を、そのまま事業の看板に据えて始まった会社である。創業者は宮大工として伝統様式を手がける腕を持ち、設計と施工の対象を数寄屋造りに絞って独立した。資本の乏しい職人にとって元手は技能だけであり、得意な様式への特化が独立を可能にした条件であった。その技能重視は二代目の父へ、さらに1964年に家業を承継した金綱一男氏へと引き継がれた。同じ年に有限会社金綱工務店を設立し、事業の中身は数寄屋造りから住宅建築へ広がった。3代にわたる技能の重視が、個人の建築業から法人への移行を支えた。
職人の技能を、そのまま事業の看板に据えて始まった会社である。創業者は宮大工として伝統様式を手がける腕を持ち、設計と施工の対象を数寄屋造りに絞って独立した。資本の乏しい職人にとって元手は技能だけであり、得意な様式への特化が独立を可能にした条件であった。その技能重視は二代目の父へ、さらに1964年に家業を承継した金綱一男氏へと引き継がれた。同じ年に有限会社金綱工務店を設立し、事業の中身は数寄屋造りから住宅建築へ広がった。3代にわたる技能の重視が、個人の建築業から法人への移行を支えた。
免責事項およびポリシー