応用地質の歴史
沿革
1957年に設立された応用地質調査事務所が起源。
1963年に測定機器の研究・開発を始め、1991年のKINEMETRICS、1997年のGEOMETRICSなど海外の計測機器会社を相次いで子会社化した。地質調査と計測機器を二本柱とする企業である。
創業期
1957年〜応用地質調査事務所の設立と測定機器事業への参入
- 応用地質調査事務所を設立[1]
- 資源分野の物理探査手法を土木分野に適用開始[2]
- 浦和研究所が竣工[2]
- 測定機器の研究・開発・製作・販売を開始[1]
- 新潟地震で災害調査団を派遣[2]
- 中国の「日本工業展覧会」に機器を出品[2]
- 初めての海外調査団を派遣[2]
- 第1回地質調査機器展(現OYOフェア)を開催[2]
- 風水害による被害調査を開始[2]
- 化学環境試験室を開設[2]
- 長期ビジョン「OYO2000年ビジョン」を策定[2]
- 英国にヨーロッパ支店(現OYO UK)を設置[3]
売上高
- 売上高
応用地質売上高—
成長期
1983年〜OYO CORPORATION U.S.A.の設立と海外計測機器会社の買収
- OYO CORPORATION U.S.A.を設立[1]
- 応用地質に商号変更[2]
- 米国ジオスペースを買収[2]
- 東北ボーリングを子会社化[1]
- 日本証券業協会に店頭登録[1]
- KLEIN ASSOCIATES,INC.を子会社化[1]
- GEOPHYSICAL SURVEY SYSTEMS,INC.を子会社化[1]
- 合弁でIRIS INSTRUMENTS S.A.を設立[1]
- KINEMETRICS,INC.を子会社化[1]
- 東京証券取引所市場第二部に上場[1]
- 岩と土と水の総合的な試験・研究センター「コアラボ」を開設[2]
- エヌ・エス・環境科学コンサルタントを子会社化[1]
- 阪神・淡路大震災に対応[2]
- 東京証券取引所市場第一部に指定替え[1]
売上高
- 売上高
応用地質売上高—
成長期
1997年〜GEOMETRICSの子会社化とOYO GEOSPACEのNASDAQ公開
- GEOMETRICS,INC.を子会社化[1]
- OYO GEOSPACE CORPORATIONがNASDAQに株式を公開[1]
- 福島県三春町に応用生態工学研究所を開設[2]
- RMSとの合弁で応用アール・エム・エスを設立[1]
- つくば技術開発センターを開所[1]
- QUANTERRA,INC.を子会社化[1]
- 執行役員制を導入[2]
- 経営理念・経営ビジョンを刷新[2]
- OYO GEOSPACE CORPORATIONの株式を一部売却[1]
- ケー・シー・エスを子会社化[1]
- 長期経営ビジョン「OYO 2020」を策定[2]
- 中期経営計画「OYO Hop10」を策定[2]
- エヌエス環境を完全子会社化[1]
- 東日本大震災に対応[2]
安定成長期
2012年〜OYO GEOSPACE株の売却と三洋テクノマリンの子会社化
- OYO GEOSPACE CORPORATIONの株式を全部売却[1]
- NCS SUBSEA,INC.を子会社化[1]
- 中期経営計画「OYO Step14」を策定[2]
- P-Cable 3D Seismic ASを子会社化[1]
- 中期経営計画「OYO Jump18」を策定[2]
- 事業セグメントを変更[2]
- FONG CONSULTとFC INSPECTIONを子会社化[1]
- 「DX注目企業2020」に選定[2]
- 中期経営計画「OYO Advance 2023」を策定[2]
- 「DX銘柄2022」に選定[2]
- プライム市場に移行[1]
- GEOSMART INTERNATIONAL PTE.LTD.を子会社化[1]
- カーボンニュートラル宣言[2]
- 日本ジタンを子会社化[1]
- 「OYO サステナビリティビジョン2030」を策定[2]
- 「OYO 中期経営計画 2026」を策定[2]
- 能登半島地震に対応[2]
- 三洋テクノマリンを子会社化[1]