1909年10月11日、三井銀行倉庫部から『東神倉庫株式会社』として分離独立し、本店を東京に置き、東京・神戸・門司に支店を設けた。銀行が貸付の担保として預かる荷物の保管機能を、独立した倉庫会社へ切り出したのが出発点となる。1913年に横浜派出を開き、1923年には横浜支店へ昇格させた。担保物の保管という金融に紐づいた業務から始まった点は、商取引や海運貨物の集散から生まれた他の倉庫会社とは異なる出自で、預かり資産の確実な管理を本分とする保管業の性格を初期から帯びていた。三井銀行の取引網を介して荷主とつながる立地選びが、主要港湾への拠点配置を後押しした。 [1][2][3]
1917年8月、神戸桟橋会社の海上業務を買収して港湾運送事業へ進出した。船から陸へ貨物を移す荷役と、その先の保管を一社で連続して担う体制を、設立から10年に満たない時期に整えた点が次の拡張の土台となる。1918年1月には大阪倉庫会社を買収して大阪支店として営業を始め、関西最大の商業都市へ足場を築いた。1922年9月に名古屋出張所を設け、1937年に名古屋支店へ昇格させた。横浜・神戸・大阪・名古屋という国内主要港・商業地への拠点展開は、単なる保管の受け皿にとどまらず、港湾荷役と倉庫を組み合わせた複合物流業者としての原型を形づくった。 [4][5][6]
1942年3月、社名を『三井倉庫株式会社』と改めた。三井の冠を正式に社名へ組み込み、グループ企業としての位置を対外的に固めた格好となる。しかし1944年、戦時統制下に発足した日本倉庫統制株式会社へ各地の主要施設を供出させられ、事業基盤の多くを失った。1945年に同社から施設と業務の返還を受け、各支店とも営業を再開し、戦前規模への回帰を進めた。1948年7月には大阪に大正運輸を設立し、後の三井倉庫港運へとつながる港湾運送の専門子会社網を築き始めた。戦時統制による縮小と戦後の再建が、近代的物流企業として組み直す契機となった。 [7][8][9][10]
1950年4月、東京証券取引所へ株式を上場し、資本市場経由の調達経路を確保した。倉庫・港湾・物流事業を拡大するための資金基盤を、戦後復興の初期に整えた点が以降の事業展開を支えた。同年8月には福井に是則倉庫運輸を設立し、1966年に福井三則倉庫運輸、1992年に株式会社ミツノリへと改称した。1961年3月には北海道釧路に北海三井倉庫を設立し、後の北海三井倉庫ロジスティクスへつながる北海道拠点を置いた。地方の港湾・産業拠点ごとに専門子会社を据える方式で、本体の支店網を補完する形で全国の物流網を広げた。 [11][12][13]
1966年8月、自動車運送取扱業を開始し、倉庫・港湾に陸送を加えた。モータリゼーションの進展に合わせ、保管と内陸輸送を組み合わせるサービスへ踏み込んだ動きとなる。1968年3月には海上コンテナの取扱いと国内でのコンテナ・ターミナル運営を始めた。コンテナリゼーションが国際海運で本格化する勃興期に先んじて参入した点は、後年の国際物流事業の原点となる。1969年4月には貨物自動車運送業の免許を取得し、海上コンテナのトラック輸送を内製化した。船から港、港から内陸まで一貫してコンテナを扱う体制を、1960年代後半の数年で組み上げた。 [14][15][16]
1977年12月、本店に国際部・プラント部を設置し、国際運送業務を手がけ始めた。それまで個別に扱ってきた海外貨物やプラント設備の輸送を、専門組織のもとで国際複合一貫輸送という戦略事業へ位置づけ直した。海上コンテナへの早期参入で蓄えた輸送ノウハウを、組織として束ね直す段階に入った格好となる。倉庫保管から港湾運送、自動車運送、国際輸送へと領域を広げてきた拡張は、いずれも荷主の貨物を起点から終点まで連続して扱う一貫オペレーションの志向に貫かれていた。物流の多モード化を担う組織の枠組みが、この時期にほぼ出そろった。 [17]
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|---|---|---|---|---|
| 1909〜1977年三井銀行倉庫部からの分離独立と海陸一貫物流への拡張 | 横浜派出開業 | ★ | ||
| 神戸桟橋会社の海上業務を買収 | ★ | |||
| 港湾運送事業に参入 | ★★ | |||
| 大阪倉庫会社を買収し大阪支店として営業開始 | ★ | |||
| 名古屋出張所設置 | ★ | |||
| 社名を「三井倉庫」に商号変更 | ★ | |||
| 戦時体制下に発足した日本倉庫統制に各地の主要施設を供出 | ★ | |||
| 日本倉庫統制から供出施設・業務の返還を受け各支店とも営業を再開 | ★ | |||
| 大正運輸を設立 | ★ | |||
| 東京証券取引所に株式を上場 | ★ | |||
| 福井に是則倉庫運輸を設立 | ★ | |||
| 北海道釧路に北海三井倉庫を設立 | ★ | |||
| 自動車運送取扱業を開始 | ★ | |||
| 海上コンテナの取扱いと国内におけるコンテナ・ターミナルの運営を開始 | ★★ | |||
| 貨物自動車運送業の免許取得しコンテナのトラック輸送を開始 | ★ | |||
| 本店に国際部・プラント部を設置し国際運送業務を本格展開 | ★ | |||
| 1978〜2013年海外進出・航空貨物参入と物流専業としての骨格 | Mitsui-Soko (Singapore) Pte. Ltd.を設立 | ★ | ||
| 原五郎 | IATA航空貨物代理店資格を取得し航空貨物取扱業務を本格化 | ★ | ||
| 原五郎 | ニューヨークにMitsui-Soko (U.S.A.) Inc.を設立 | ★ | ||
| 原五郎 | ビッグバッグ業務(トランクルーム保管・引越等の非商品対象業務)を開始 | ★ | ||
| 原五郎 | MITSUI-SOKO INTERNATIONAL PTE LTDを設立 | ★ | ||
| 原五郎 | 三井倉庫箱崎ビル竣工により不動産賃貸業務を本格展開 | ★ | ||
| 原五郎 | 本支店制を廃止し本支社制(本社各部・関東・中部・関西・九州各支社)に移行 | ★ | ||
| 椎野公雄 | 九州支社を三井倉庫九州として分社化 | ★ | ||
| 田村和男 | 執行役員制度を導入 | ★ | ||
| 田村和男 | BPO事業を本格展開 | ★ | ||
| 田村和男 | 本社に3PL推進部を設置し3PL(サード・パーティ・ロジスティクス)事業を本格展開 | ★★ | ||
| 田村和男 | 自己株式1500万株を消却 | ★ | ||
| 田村和男 | ジェイティービーエアカーゴの全株式を取得し三井倉庫エアカーゴに商号変更 | ★★ | ||
| 田村和男 | 航空貨物・家電系物流子会社の連続取得による事業領域の拡張 三井倉庫は2010年から2012年にかけて、航空貨物と家電メーカー系の物流子会社を相次いで取得した。2010年11月にジェイティービーエアカーゴを47億円で、2012年2月に三洋電機ロジスティクスを242億円で取得し、それぞれ三井倉庫エアカーゴ・三井倉庫ロジスティクスへ改めた。自前で拠点を積む拡大から、荷主基盤ごと事業を取り込む手法へ成長の主力を移した。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 2014〜2025年持株会社移行・M&A拡大とのれん減損を経た再成長 | 藤岡圭 | 持株会社への移行とソニー系物流子会社の取得、のれん減損254億円と分社の再統合 三井倉庫は2014年10月に持株会社制へ移り、社名を三井倉庫ホールディングスへ改めて主要事業を分社した。前後してソニーの物流子会社などメーカー系子会社の取得を重ねたが、2017年3月期に取得先ののれんと有形固定資産の減損損失254億78百万円を計上し、親会社株主に帰属する当期純損失は234億27百万円に達した。減損を経て分けた事業の一部を再び統合し直した。 詳細を読む | ★★★ | |
| 藤岡圭 | 三井倉庫HDに商号変更 | ★★ | ||
| 藤岡圭 | ソニーサプライチェーンソリューションの株式66%を取得 | ★★ | ||
| 古賀博文 | 普通株式を1対3の割合で株式を分割 | ★ | ||
| 古賀博文 | 本店所在地を移転 | ★ |
免責事項およびポリシー
事実根拠:出所(三井倉庫ホールディングス)