三菱倉庫 の歴史

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創業 1887年
創業者 岩崎彌太郎
創業地 東京都深川
創業
1887年4月、三菱為換店(1880年開業)の倉庫業務を継承し、東京・深川に有限責任東京倉庫会社が設立された。深川は隅田川と運河が交わる水運の要衝で、荷を自ら集めねばならない独立系の倉庫業者と違い、三菱グループの海運・貿易そのものが保管する荷を供給した。1892年に大阪支店、1902年に神戸支店を開設し、1907年11月には神戸港で荷揚げから保管までを一貫して扱う海陸一貫施設を完成させて、保管を港湾運送と結びつけた。1918年3月に商号を三菱倉庫へ改め、1931年には東京・江戸橋で日本初のトランクルームを始めた。1946年の財閥解体で三菱本社から資本的に独立し、1949年に東京証券取引所へ上場した。
決断
倉庫の土地を、荷を置く場所から賃料を生む床へ入れ替えてきた。都市化で倉庫の適地が郊外へ移ると、簿価の低い都心の旧用地が残る。1962年11月、東京・深川にコンピュータ・倉庫・住宅の複合賃貸ビルを建てて不動産事業へ参入し、1973年には東京・新川に東京ダイヤビルディングを建設した。2010年1月には1930年竣工の江戸橋倉庫ビルを賃貸オフィスへ建て替える計画を公表し、外壁の概ね7割と塔屋を残したまま地上18階の高層棟へ建て替えて、2014年9月に日本橋ダイヤビルディングとして竣工させた。投資額は約138億円で、工事の3年間は本店を新川へ移している。竣工した2015年3月期の不動産事業はむしろ減益で、賃料が通年で寄与した2016年3月期にセグメント利益106億円へ伸びた。この順序が、含み資産を賃料へ替える判断に費用を先に払わせている。
現況
売上の87%を物流が運び、利益はほぼ半分を不動産が出す。2026年3月期の連結営業収益は2,734億円、営業利益159億円、経常利益215億円である。物流事業が売上2,380億円・利益126億円、不動産事業が354億円・116億円で、2事業の利益合計243億円のうち48%を不動産が返す。利益率は物流の5.3%に対し不動産が33.0%である。2025年3月の経営計画[2025-2030]は2030年度の事業利益630億円を掲げ、その半分をM&Aと資産回転型ビジネスで得る配分を置いた。期間中に政策保有株を1,000億円規模で売却してROE10%を狙う資本政策が、2026年3月期には特別利益676億円となって現れ、純利益を547億円と経常利益の2.5倍へ膨らませた。
競合
海外では、日系荷主を追って拠点を建てる進み方をやめた。1970年の米カリフォルニアの倉庫会社設立から半世紀余り、三菱倉庫は日系メーカーの海外生産に合わせて自ら会社を興してきた。2019年のMLC2030ビジョンは医療・ヘルスケアを最優先の分野へ据えたが、国内で積んだ医薬品物流に対し米欧には引き受ける拠点がなかった。2023年4月に米英Cavalier Logisticsグループ4社の取得を発表し、取得原価246億5,200万円のうち216億9,200万円が顧客関連資産へ配分された。取得したのは設備ではなく現地の顧客基盤で、2025年3月期には米国の営業収益が270億6,900万円へ伸びた。同じ年に中東欧のcargo-partnerを約1,267億円で取得した日本通運が量で追うのに対し、三菱倉庫は医薬品という分野を選び、のれん68億400万円には減損の兆候が生じている。
三菱倉庫:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
1997年3月期2026年3月期

創業ストーリー 倉庫業から陸海空物流と不動産の二本柱を築くまで (1880年〜)

三菱為換店から独立した倉庫会社の誕生

1887年4月、三菱為換店(1880年開業)の倉庫業務を継承し、東京・深川に有限責任東京倉庫会社を設立した。深川は隅田川と運河が交差する水運の要衝で、倉庫業の立地として適していた。1892年に大阪支店、1902年に神戸支店を開設し、三大都市圏に拠点を構えた。1907年には神戸港に海陸一貫取扱施設を完成させ、海運貨物を船から倉庫まで一貫して扱う港湾運送事業の体制を整えた。倉庫での保管だけでなく荷揚げから配送までを自社で管理する手法は、後の総合物流企業の骨格を形作った。三菱グループ各社の海運・貿易取引を基盤にした保管需要と、港湾での一貫オペレーションが結びついた点は、独立系倉庫業者と一線を画した。 [1][2][3][4]

    • [1]1887年4月 三菱為換店の倉庫業務を継承し東京・深川に有限責任東京倉庫会社を設立
    • [2]三菱為換店は1880年(明治13年)開業(七つ蔵の建設)
  • 三菱倉庫 有価証券報告書【沿革】
    • [3]1892年3月 大阪支店、1902年12月 神戸支店を開設
    • [4]1907年11月 神戸港で海陸一貫取扱施設(海陸連絡業=後の港湾運送事業)を完成

1918年3月に『三菱倉庫株式会社』へ商号を変更し、三菱グループの物流中核を自任した。1931年には東京・江戸橋(現在の日本橋)で日本初のトランクルームサービスを開始した。法人向けの大量保管が中心だった倉庫業に、個人の家財や美術品の保管という新市場を切り開いた一手だった。戦後は1946年の財閥解体で三菱本社から資本的に独立し、1949年に東証に上場した。三菱グループ各社との取引関係は維持しつつ、独立した上場企業として経営する体制に切り替わった。グループ荷主からの安定需要と市場経由の資金調達を両立させた構図は、戦後の再建期に倉庫業者が迫られた資本基盤の立て直しを、取引基盤を失わずにこなす手立てとして働いた。 [5][6][7]

    • [5]1918年3月 三菱倉庫株式会社へ商号変更
    • [6]1931年1月 東京・江戸橋(現・日本橋)で日本初のトランクルームサービスを開始
    • [7]1949年5月 東京証券取引所に株式を上場

1931年のトランクルームサービス開始は、震災の教訓を踏まえて建て直されたこの新しい建物とともに始まった。

    • [1]1887年4月 三菱為換店の倉庫業務を継承し東京・深川に有限責任東京倉庫会社を設立
    • [2]三菱為換店は1880年(明治13年)開業(七つ蔵の建設)
    • [5]1918年3月 三菱倉庫株式会社へ商号変更
    • [6]1931年1月 東京・江戸橋(現・日本橋)で日本初のトランクルームサービスを開始
    • [7]1949年5月 東京証券取引所に株式を上場
  • 三菱倉庫 有価証券報告書【沿革】
    • [3]1892年3月 大阪支店、1902年12月 神戸支店を開設
    • [4]1907年11月 神戸港で海陸一貫取扱施設(海陸連絡業=後の港湾運送事業)を完成

倉庫用地からビル賃貸へ ── 不動産事業の始まり

1962年11月、東京・深川にコンピュータ・倉庫・住宅の複合賃貸ビルを建設し、不動産事業に本格参入した。コンピュータの普及に伴う専用室の需要に着目し、倉庫業で保有していた都心部の自社用地を転用した一手である。1973年には東京・新川にコンピュータ専用賃貸ビル『東京ダイヤビルディング』を建設し、以降もダイヤビルシリーズを順次増設した。倉庫業は土地を大量に使う事業で、都市化の進展で倉庫適地が郊外へ移るにつれ、都心の旧倉庫用地は不動産開発の対象に変わった。土地の簿価が低いまま都心化の恩恵を受けた旧倉庫用地は、建替え時の賃貸ビル投資の利回りを押し上げ、倉庫単体では得難い収益水準を生んだ。 [8][9]

    • [8]1962年11月 東京・深川にコンピュータ・倉庫・住宅の複合賃貸ビルを建設し不動産事業に本格進出
    • [9]1973年9月 東京・新川にコンピュータ専用賃貸ビル「東京ダイヤビルディング」を建設

1963年に自動車運送事業に本格進出し、倉庫保管から配送まで一貫して手がける物流体制を整えた。1970年1月には米国カリフォルニア州に倉庫会社を設立し、海外進出の第一歩を記した。1971年には航空貨物取扱事業にも参入し、陸海空の総合物流企業としての骨格が出そろった。不動産と物流を主柱とする収益構造は1960年代に原型ができあがり、以降半世紀以上にわたって三菱倉庫の経営を特徴づけている。高度成長期の荷動き拡大と都心地価の上昇が重なった1960年代から1970年代初頭にかけて、物流の多モード化と不動産の高度化が同時並行で進んだ。単一事業に依存しない収益分散の設計を、時代の追い風を借りて10年ほどで固めた格好である。 [10][11][12][13]

    • [10]1963年4月 自動車運送事業に本格進出
    • [11]1970年1月 米国カリフォルニア州に倉庫会社を設立(海外進出の第一歩)
    • [12]1971年4月 航空貨物取扱事業に本格進出(陸海空の総合物流体制を構築)
  • 三菱倉庫 有価証券報告書【沿革】
    • [13]現地企業を取り込む本格的な海外M&Aは2023年のCavalier買収まで持ち越し
    • [8]1962年11月 東京・深川にコンピュータ・倉庫・住宅の複合賃貸ビルを建設し不動産事業に本格進出
    • [9]1973年9月 東京・新川にコンピュータ専用賃貸ビル「東京ダイヤビルディング」を建設
    • [10]1963年4月 自動車運送事業に本格進出
    • [11]1970年1月 米国カリフォルニア州に倉庫会社を設立(海外進出の第一歩)
    • [12]1971年4月 航空貨物取扱事業に本格進出(陸海空の総合物流体制を構築)
  • 三菱倉庫 有価証券報告書【沿革】
    • [13]現地企業を取り込む本格的な海外M&Aは2023年のCavalier買収まで持ち越し

100周年と「倉庫改造元年」の高機能化投資

1987年4月に創立100周年を迎えた。1992年には各店に高機能倉庫を一斉に建設し(約25,000坪)、『倉庫改造元年』を宣言した。老朽化した倉庫を温度管理や自動化設備を備えた施設へ更新する投資である。同年9月には神戸・ハーバーランドに商業施設・オフィスビルの賃貸施設を建設し、不動産事業の対象をオフィスから商業施設まで広げた。1995年1月の阪神大震災で神戸地区の施設は被災したが、同年2月にはオランダに運送取扱会社を設立して欧州物流拠点の整備に着手した。バブル崩壊で国内景気が冷え込むなかでも、倉庫の設備投資と海外展開を止めなかった点が、後の景気回復期に投資の手戻りを生まずに済む土台になった。 [14][15][16][17]

    • [14]1987年4月 創立100周年
    • [15]1992年 各店に高機能倉庫を一斉建設(約25,000坪)し「倉庫改造元年」と宣言
    • [17]1995年1月 阪神大震災で被災、同年2月 オランダに運送取扱会社を設立
  • 三菱倉庫 有価証券報告書【沿革】
    • [16]1992年9月 神戸・ハーバーランドに商業施設・オフィスビルの賃貸施設を建設

1984年のシンガポール進出から始まった東南アジアの拠点網は、1985年香港、1989年タイ、1993年インドネシア、1996年中国、1998年マレーシア、2011年ベトナムへ順次拡大した。日系メーカーの海外生産シフトに合わせて物流拠点を整備する戦略だったが、海外売上高は全体の中で限定的にとどまった。三菱グループの取引基盤を活かした国内事業が収益の中心で、海外展開のペースは緩やかだった。日系荷主の後ろをついていく拠点展開は現地企業を顧客にする踏み込みを伴わず、海外ネットワークの厚みより国内収益の安定が優先された。現地企業そのものを取り込むかたちの本格的な海外M&Aは、2023年のCavalier買収まで持ち越された。 [18][19]

    • [18]東南アジア拠点網: シンガポール1984年、香港1985年、タイ1989年、インドネシア1993年、中国1996年、マレーシア1998年、ベトナム2011年
  • 三菱倉庫 有価証券報告書【沿革】
    • [19]現地企業そのものを取り込む本格的な海外M&Aは2023年のCavalier買収まで持ち越し
    • [14]1987年4月 創立100周年
    • [15]1992年 各店に高機能倉庫を一斉建設(約25,000坪)し「倉庫改造元年」と宣言
    • [17]1995年1月 阪神大震災で被災、同年2月 オランダに運送取扱会社を設立
    • [18]東南アジア拠点網: シンガポール1984年、香港1985年、タイ1989年、インドネシア1993年、中国1996年、マレーシア1998年、ベトナム2011年
  • 三菱倉庫 有価証券報告書【沿革】
    • [16]1992年9月 神戸・ハーバーランドに商業施設・オフィスビルの賃貸施設を建設
    • [19]現地企業そのものを取り込む本格的な海外M&Aは2023年のCavalier買収まで持ち越し

不動産セグメントが支えた利益構造

物流事業と不動産事業の二セグメント体制は2000年代を通じて定着した。不動産事業のセグメント利益は2006年3月期に105億円、物流事業は30億円で、利益ベースでは不動産が物流の3倍以上を稼ぐ構造だった。倉庫業の利幅は薄く、東京ダイヤビルディングや神戸ハーバーランドなどの賃貸不動産が高い利益を安定して生んだ。不動産セグメントの利益は2006年以降も100億円前後で推移し、営業収益全体に占める割合は2割以下ながら利益の過半を占める時期が長く続いた。売上と利益の重心が食い違う構造は、倉庫本業の拡大投資と高収益な不動産の稼得を切り離して運営する発想と親和した。グループ内では『倉庫会社』の看板のまま不動産利益を享受する独自のポジションが定着した。

2010年9月、富士物流に対するTOB(株式公開買付け)を実施し、同社及び子会社10社を連結子会社化した。買付価格は1株450円、投資額は最大約104億円だった。富士物流は電機・電子部品の輸送に強みを持ち、緊急パーツ配送網の国内ネットワークを有していた。このM&Aで物流事業の売上高はFY10の1,396億円からFY11に1,579億円へ拡大し、企業物流の一括受注(3PL)体制を強化した。三菱倉庫にとって過去最大のM&Aで、自前成長主体の経営から方針を切り替えた案件だった。倉庫機能を核に3PLの受託領域を広げる動きは、荷主側の物流アウトソースの広がりと足並みがそろった。保管業から輸送・流通加工まで一貫した業務を取り込み、物流セグメントの売上を13%押し上げた。 [20]

日本橋再開発と都心不動産の高度化

2014年9月、東京・日本橋に所有する倉庫ビル(本店事務所・トランクルーム)を建て替え、オフィスビルへ転換した。1931年に日本初のトランクルームを開業した江戸橋の地で、約80年を経て倉庫からオフィスビルへの転換が完了した。本店事務所と賃貸オフィス、トランクルームを集約した複合ビルは、倉庫用地を不動産として高度利用する三菱倉庫の戦略の延長上にあった。都心部に残した旧倉庫用地は、単純な売却ではなく自社開発のオフィスへ転換して保有を続けた。賃料水準の高い中央区・港区の物件が、不動産セグメントの安定収益を支える骨格となった。藤倉正夫は2019年の新中期経営計画発表時にイノベーション創出を経営方針として打ち出し、本社・トランクルーム・賃貸オフィスを一棟に重ねる手法を旧倉庫用地の高度化モデルとして全国展開する方針を示した。 [21][22]

    • [21]2014年9月 東京・日本橋に所有する倉庫ビル(本店事務所・トランクルーム)を建て替えオフィスビルへ転換
    • [22]藤倉正夫は2018年4月社長就任(23_career.csv実就任日基準)。2019年の新中期経営計画でイノベーション創出を経営方針に打ち出した

連結営業収益はFY18(2019年3月期)に2,271億円、FY19(2020年3月期)に2,290億円とコロナ前のピークを記録した。物流事業の売上高は1,889億円、不動産事業は401億円で、売上構成比は物流が83%を占める。利益構造は逆で、不動産事業のセグメント利益108億円に対し物流事業は71億円と、不動産が利益の6割を稼いだ。コロナ禍の2021年3月期でも不動産事業のセグメント利益は100億円を維持し、景気変動に強い賃貸収入が経営の安定性を支えた。物流セグメントが荷動きの減少で収益を落としても、賃料契約が固定化された不動産セグメントは収益水準を保ちやすい。主柱2つの構造は単なる売上分散ではなく、景気サイクルが異なる収益源を抱き合わせる仕掛けとして働いた。

    • [21]2014年9月 東京・日本橋に所有する倉庫ビル(本店事務所・トランクルーム)を建て替えオフィスビルへ転換
    • [22]藤倉正夫は2018年4月社長就任(23_career.csv実就任日基準)。2019年の新中期経営計画でイノベーション創出を経営方針に打ち出した

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三菱倉庫の沿革1887〜2025年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1880〜2011年倉庫業から陸海空物流と不動産の二本柱を築くまで有限責任東京倉庫会社として設立
大阪支店を開設
東京倉庫に改組・商号変更
神戸支店を開設
神戸港で海陸一貫取扱施設を完成
三菱倉庫に商号変更
門司支店を開設
横浜支店を開設
日本初のトランクルームサービスを開始★★
東京証券取引所に株式を上場
福岡支店を開設
コンピュータ専用賃貸ビル事業に参入
不動産事業に本格参入★★
自動車運送事業に本格参入★★
倉庫会社を設立
航空貨物取扱事業に本格参入★★
東京・新川にコンピュータ専用賃貸ビル(東京ダイヤビルディング)を建設
運送取扱会社を設立
情報関連事業会社を設立
創立100周年
倉庫会社を設立
阪神大震災で被災
倉庫会社を設立
冷蔵倉庫業に本格参入
番尚志横浜・ポートサイド地区に商業施設を建設
岡本哲郎岡本哲郎氏が社長に就任
岡本哲郎富士物流の株式公開買付けを実施し子会社化★★
2012〜2022年不動産が利益の過半を稼ぐ「倉庫会社」の安定成長と転換松井明生松井明生氏が社長に就任
松井明生日本橋・江戸橋倉庫ビルの建て替えと賃貸オフィスビルへの用途転換

2010年1月29日、三菱倉庫は東京・日本橋一丁目の江戸橋倉庫ビル(1930年竣工)を賃貸オフィスビルへ建て替える計画を公表した。外壁の概ね7割と船橋状の塔屋を残したまま地上18階・地下1階の高層棟を築き、2014年9月3日に日本橋ダイヤビルディングとして竣工した。投資額は約138億円であった。

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★★★
藤倉正夫藤倉正夫氏が社長に就任
藤倉正夫東京証券取引所プライム市場に移行
2023〜2030年M&A1,000億円と物流不動産で自前主義を脱する経営計画斉藤秀親斉藤秀親氏が社長に就任
斉藤秀親米英Cavalier Logisticsグループの買収と、自前拠点による海外展開からの転換

2023年4月28日、三菱倉庫は米国のCavalier Logistics Management Ⅱなど3社と英国のCavalier Logistics U.K.の計4社を、米国に新設する持株会社を通じて取得する契約を結んだと発表した。同年10月2日に買収を完了し、取得原価は246億5,200万円であった。斉藤秀親氏が社長に就いた年度の海外M&Aである。

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★★★
斉藤秀親経営計画[2025-2030]を発表
出典・参考

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