佐藤晴雄

京浜急行電鉄・元取締役社長

(敬称略)

Sato Haruo

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生年月日
学歴 東京帝国大学法学部
出自
出自
1898年に山梨県で生まれ、1924年4月に東京帝国大学法学部を出て、同月に南満洲鉄道へ入った。1946年3月に総務局長で同社を退いている。1963年6月に丸善舗道の取締役社長に就き、その翌年に京浜急行電鉄へ移った。京浜急行電鉄では取締役も常務も務めておらず、役員経験を持たないまま社長として迎えられている。
抜擢
1964年5月、同年2月に社長へ就いたばかりの鈴木三郎助氏が取締役会長へ移り、その後任として社長に就任した。鈴木氏は味の素の取締役会長を兼ねており、京浜急行電鉄の社長在任は3か月で終わっている。就任前年度にあたる1964年3月期の売上高は88億円、当期純利益は5億円だった。社内に候補を置かず、鉄道以外の経歴を持つ社外の人物を短期間で据え直した人事だったとみられる。
施策
就任前年度に88億円だった売上高は、社長として最後に期末を迎えた1969年3月期に175億円となった。当期純利益も5億円から9億円へ増えている。5年半の在任で売上高はおよそ2倍になった。1969年11月に中川幸一氏へ社長を渡したのちも取締役会長にとどまり、1974年版の日本企業要覧まで代表取締役会長として載る。
評価
執筆予定
就任前(FY63)88億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-

参考文献経歴・学歴・出身地の裏づけに当たった資料

  • 日本企業要覧 1965年版 経歴・学歴・出身地・生年・出自
  • 日本企業要覧 1966年版 経歴・学歴
  • 日本企業要覧 1970年版 経歴

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