櫻田慧
モスフードサービス・元社長
経歴1960〜1997年
経歴
| 区分 | 所属先 | 就任年 | 役職 | 現任 | 1960年主要役職の状況(推定含む目安)1997年 |
|---|---|---|---|---|---|
| 民間 | 日興証券 | 1960 | 入社 | ||
| 1962 | ロサンゼルス支店 | ||||
| 1964 | 本店外国部 | ||||
| 1965 | 退社 | ||||
| ヒサゴヤ | 1965 | 入社 | |||
| モスフードサービス | 1972 | 社長 | |||
| 1990 | 会長 | ||||
| 1990 | 社長 退任(会長へ) | ||||
| 1997 | 代表取締役会長 死去 |
社長就任までの出自
出自
1960年に日本大学経済学部を卒業して日興証券へ入社し、浅草支店の営業を振り出しに、1962年にロサンゼルス支店へ移った。1964年に本店外国部へ呼び戻され、1965年7月に日興証券を退社して、顧客だった浅草の皮革問屋ヒサゴヤへ海外事業の責任者として移った。証券の営業と米国駐在を経た経歴で、外食の会社を始めたのは35歳の1972年である。発足当初の会社は経営資源のうち、とりわけ資金が不足していた。
社長に選ばれた経緯
抜擢
前任を持たない初代の社長である。1970年6月に独立後の事業会社として株式会社モスを設け、1972年7月のモス・フード・サービス設立から社長として率いた。創業の仲間は、日興証券の後輩でヒサゴヤに招いた渡辺和男氏と、日興証券の出身の吉野祥氏の2人だった。社長は18年務め、1990年6月に社長を退任して会長に就任し、後任には渡辺和男氏が就任した。1998年に社長に就任した櫻田厚氏は甥にあたる。
在任中の主な施策
施策
在任中の大きな決断は、1983年12月に専務の吉野祥氏が急死したのを機に決めた株式公開である。吉野祥氏は加盟店を巡回して指導するスーパーバイザー業務の中心を担っており、櫻田慧氏は組織の整備を先に進める手段として公開を選んだ。公開に向けて出店を増やし、店舗数は1983年8月の200店から1985年6月に300店となった。1985年11月に店頭登録、1988年3月に東京証券取引所市場第二部へ上場した。
創業ストーリー
創業ストーリー
参考文献3件
参考文献
- 日経ビジネス 1991年8月26日号「桜田慧[モスフードサービス会長]の100人ハンバーガーを日本化「心と科学」の二等地商法」
- 日経ビジネス 1991年3月18日号増刊号「渡邉和男氏(モスフードサービス)登場」
- モスフードサービス 公式サイト「沿革」
事実根拠:出所(モスフードサービス)