決断
1937年12月、プレス工業は本社と工場を品川から川崎市塩浜町へ移した。主要得意先の東京自動車工業(現いすゞ自動車)は兵器車両の需要が増加し、川崎市大師河原に新工場を建設して試作と部品の発注を相次いで出していた。一方で品川の本社工場と分工場はどちらも敷地が狭く、設備を増やす余地がなかった。用地4,812坪を21,420円で取得し、移転に先立つ7月には資本金を100万円へ増資している。新工場には1,500トンの油圧プレスを据え、フレームの専門加工が可能になった。得意先の隣へ工場を寄せたこの移転が、戦後のいすゞ自動車向けフレームやリヤアクスルケースの取引につながった。