井植祐郎 三洋電機・元取締役社長 Iue Yuro(敬称略) 更新:2026/10/10 社長就任 1968年1月 生年月日 1908年1月1日 学歴 — 出自 — 社長就任までの出自 出自 1946年12月に松下電器産業の人事部長を退任し、1947年1月から関西水産電気の取締役社長を務めた。1948年5月、兄の井植歳男氏が興した三洋電機製作所へ入所している。1950年4月の法人設立で取締役総務部長となり、1953年7月に専務取締役、1961年7月に取締役副社長へ進んだ。松下電器産業でも三洋電機でも人事と総務を担い、製造や営業ではなく管理部門から経営陣へ上がった経歴である。 社長に選ばれた経緯 抜擢 1968年1月、社長だった井植歳男氏が取締役会長へ退き、取締役副社長から取締役社長に就任した。同じ月に弟の井植薫氏が専務取締役から取締役副社長へ上がり、兄弟3人が会長・社長・副社長を占める並びになっている。1965年の証券不況で三種の神器の国内需要が一巡し、売上の伸びが止まった時期にあたる。創業者が存命のまま会長へ移る形をとっており、同族内の順送りであったとみられる。 在任中の主な施策 施策 1969年4月、カラーテレビの量産拠点として岐阜工場を新設し、月産2万台の体制を計画した。用地買収の遅れで完成は約1年ずれ込んでいる。1969年7月に創業者の井植歳男氏が逝去し、以後は井植家による同族経営の体制が引き継がれた。1971年1月に取締役会長へ退き、弟の井植薫氏へ社長を渡した。在任3年は、北米輸出の拡大と創業者の死をまたぐ短い期間だった。 在任の評価 評価 執筆予定 経歴 1908〜1971年 在任中の業績 売上高粗利率営業利益率経常利益率純利益率売上総利益営業利益経常利益純利益平均給与従業員数営業CF投資CF財務CFROE就任前(FY66)1,290億円退任時-変化-売上高粗利率営業利益率経常利益率純利益率売上総利益営業利益経常利益純利益平均給与従業員数営業CF投資CF財務CFROE就任前-退任時-変化- 参考文献 4件 参考文献International Directory of Company Histories「SANYO Electric Co., Ltd.」(1967年末に兄 Toshio Iue から社長を継ぎ、1970年末に弟 Kaoru Iue へ譲った人物を Yuro Iue と表記)日本企業要覧 1961年版日本企業要覧 1969年版日本企業要覧 1972年版 1950年〜井植歳男社長1968年〜井植祐郎社長1971年〜井植薫社長2005年〜井植敏雅社長2007年〜佐野精一郎社長