立石一真

オムロン・元サイバネ推進本部長

(敬称略)

Tateishi Kazuma

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生年月日
学歴 熊本高等工業学校電気科
出自
出自
1900年に熊本で生まれ、1921年3月に熊本高等工業学校の電気科を卒業した。1922年に兵庫県庁へ入り、1930年には井上電機製作所を退社している。1933年5月、レントゲン写真撮影用タイマの製造で立石電機製作所を創業した。1945年6月に工場を京都市右京区へ移し、1948年5月の株式会社改組にともなって代表取締役社長に就いている。技術者として出発し、自ら興した工場をそのまま率いた経路である。
抜擢
前任者はいない。個人企業として12年動かした工場を1948年5月に立石電機株式会社へ改組し、そのまま代表取締役社長となった。出発点は戦災で社員が33人まで減った状態で、売上は保護継電器という単品に依存していた。1955年には販売部門と研究部門を分けて独立専門工場を並べるプロデューサ・システムを始め、分権型の生産体制へ移している。資本と経営の双方を創業者が握ったまま、法人としての形を整えた就任だった。
施策
1955年、社員110人・年商2億4000万円の会社でオートメーション市場の開拓に乗り出した。1960年には世界初の無接点近接スイッチを開発し、保護継電器への依存から抜ける。1962年4月に京都・大阪の両証券取引所へ上場し、1967年3月には阪急北千里駅で世界初の無人駅システムが動いた。単体売上高は1961年3月期の8億円から1979年3月期の1011億円へ広がっている。1979年6月、代表取締役会長へ退いた。
評価
執筆予定
就任前-
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-

参考文献経歴・学歴・出身地の裏づけに当たった資料

  • 日本企業要覧 1979年版 経歴・学歴・出身地・生年・出自

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