日本農薬の歴史
沿革
1928年の旭電化工業農業薬品部と藤井製薬の合併が起源。
1978年にいもち病防除剤「フジワン」、1987年に水稲用殺虫剤「アプロード」の原体合成プラントを設けた。2018年にADEKAの連結子会社に入り、米国・欧州・インドなどに拠点を持つ農薬メーカーである。
創業期
1928年〜旭電化工業農業薬品部と藤井製薬の合併による発足
- 旭電化工業農業薬品部と藤井製薬の合併で発足[1]
- 研究農場を開設[1]
- 九州出張所(現福岡支店)を開設[2]
- 大阪工場を新設[1]
- 満州農薬を設立[2]
- 朝鮮農薬を設立[2]
- 終戦で海外全資産を接収[2]
- 東京工場を新設[1]
- 北海道出張所(現札幌支店)を開設[2]
- 化学研究所が竣工[2]
- 本社を東京に移転[1]
- 第一農薬を設立[2]
売上高
- 売上高
日本農薬売上高—
成長期
1963年〜東証二部上場とNichino Americaの設立
- 東京証券取引所市場第二部に上場[1]
- 全購連(現全農)と取引を開始[2]
- 名古屋出張所を開設[2]
- 佐賀工場を新設[1]
- Agricultural Chemicals (Malaysia) Sdn.Bhd.を設立[1]
- 安全性研究所が竣工[2]
- 「フジワン」を発売[2]
- 鹿島工場を新設[1]
- いもち病防除剤「フジワン」の原体合成プラントを新設[1]
- 福島工場を新設[1]
- 「アプロード」を発売[2]
- 「モンカット」を発売[2]
- 東京証券取引所市場第一部に指定替え[1]
- 水稲用殺虫剤「アプロード」の原体合成プラントを新設[1]
- 医薬研究所が竣工[2]
- ロンドン事務所を開設[2]
- 総合研究所を新設[1]
- 「アスタット(ラノコナゾール)」を発売[2]
- バンコック事務所を開設[2]
- Nichino America,Inc.を設立[1]
売上高
- 売上高
日本農薬売上高—
安定成長期
2002年〜三菱化学の農薬事業譲受とHyderabad Chemicalの買収
- トモノアグリカから営業権の一部を譲受[2]
- 三菱化学から農薬事業を譲受[1]
- バイエルクロップサイエンスからイソウロン事業を譲受[2]
- 「ブイゲット」を発売[2]
- 「ルリコン(ルリコナゾール)」を発売[2]
- Philagro Holdingに出資[2]
- ラノコナゾールのスイッチOTC製品「ウィンダム」「ゼスパート」を発売[2]
- 「フェニックス」を発売[2]
- Nichino Europe Co.,Ltd.を設立[1]
- 日佳農葯股份有限公司を子会社化[1]
- 日農(上海)商貿有限公司を設立[2]
- Sipcam Europeに出資[2]
- ISEMからオルトスルファムロンを譲受[2]
- 本社を京橋に移転[2]
- Nichino do Brasil Agroquimicosを設立[2]
- アリスタライフサイエンスアグリマートを完全子会社化[1]
- Sipcam Agro S.A.の株式の50%を取得[1]
- Hyderabad Chemical Pvt. Ltd.を子会社化[1]
- Sipcam Nichino Brasilを連結子会社化[2]
- Nichino Vietnamを設立[2]
転換期