小林製薬 の歴史

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創業 1886年
創業者 小林忠兵衛
創業地 愛知県名古屋市
創業
1886年、小林忠兵衛が愛知県名古屋市で『小林盛大堂』を創業し、雑貨・化粧品・洋酒の販売を始めた。医薬品の専業ではなく、生活雑貨と輸入洋酒を並べる零細小売から出発した。1919年8月には合名会社小林盛大堂と合資会社小林大薬房を合併改組して株式会社小林大薬房を設立し、本店を大阪市西区へ移した。医薬品流通の中心地である道修町に隣接する立地で、名古屋の小売から関西の卸へ商いを移している。1940年11月に製剤部門を分離して(旧)小林製薬を設け、1956年4月にこれを吸収合併して現在の商号となった。上場は1999年4月の大阪証券取引所市場第二部で、創業から113年が経っていた。
決断
大きい市場を避け、名前で用途を言い切る小さい製品を積み上げてきた。1967年3月に外用消炎鎮痛薬アンメルツ、1969年6月に水洗トイレ用芳香洗浄剤ブルーレットを発売し、内服薬と貼付薬が占めていた家庭薬市場へ塗る剤形で入った。1972年に米C.R.Bard社と合弁で日本メディコを設立して医療機器へ参入したが収益への寄与は限られ、2008年1月にはコバショウ株をメディセオ・パルタックHD株と交換して卸事業も整理している。家庭用品・OTC医薬品・健康食品の3軸へ絞った構成のまま、2024年7月に紅麹サプリの健康被害を引責して創業家の会長と社長が退任し。不便を見つけて製品にする速さで伸びた会社が、健康被害の把握から公表までの遅れで、六代続いた創業家の経営を失った。
現況
海外は売上の28%まで伸びたが、利益は8億円しか出ていない。2025年12月期の売上高1,657億円のうち国際事業は469億円で、セグメント利益は国内事業の139億円に対し8億円にとどまる。全社では営業利益149億円、当期純利益36億円で、補償と品質改善の費用を含む特別損失196億円が利益を押し下げた。2023年12月期の売上1,734億円・当期純利益203億円からは2期続けての減益である。豊田賀一社長は2026年2月に中期経営計画『35年ビジョン』を掲げ、品質管理の立て直しと海外の再成長を並べた。国内の売り場で稼いだ利益が補償と品質投資に充てられ、海外を伸ばす原資もなお国内が出している。
競合
競う相手を作らない製品を選んできた結果、現在の相手は株主になった。アンメルツもブルーレットも既存の大手が置いていない棚を取る製品で、価格でも薬効でも比べる相手を持たなかった。同じ同族の大衆薬メーカーでも、ロート製薬が創業家の外から初の社外出身社長を迎えたのは平時の世代交代であり、小林製薬の2024年の交代は健康被害の引責だった。2026年2月には筆頭株主のオアシス・マネジメントが統治の刷新を求め、会社は監査等委員会設置会社への移行で応じている。競合のいない棚で稼ぐ構造は、業績が悪化した原因を市場ではなく経営体制の側へ帰す。
小林製薬:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
2006年3月期2025年12月期
小林製薬における経営の転換点(その1) Q なぜ1967年に塗る消炎鎮痛薬「アンメルツ」で未開拓のニッチに賭けたのか
A 塗る消炎鎮痛薬や水回りの芳香洗浄剤は、内服薬や貼付薬が主流の家庭薬市場で各社が見落としていた生活者の細かな不便だったからである。1967年3月にアンメルツ、1969年6月にブルーレットを投入し、効能と用途を製品名で言い切る売り方を確立した。市場規模の大きいカテゴリで体力勝負を挑むのではなく、不便を一つずつ製品化してニッチを積み重ねる手法を、創業家3代目以降の小林家経営陣が継承した
小林製薬における経営の転換点(その2) Q なぜ2024年に小林家は六代続いた社長の座を手放し創業家以外の登用に踏み切ったのか
A 紅麹コレステヘルプ等のサプリで死者を含む健康被害が表面化し、創業家依存型のガバナンスと品質管理体制が物言う株主から批判されたからである。2024年7月23日に小林一雅会長と小林章浩社長が引責辞任を決議し、同年8月8日付で専務取締役の山根聡氏が社長に就いた。1886年の創業以来、初代から六代目までいずれも小林家が社長を務めており、創業家以外からの社長登用は山根聡氏が初である
小林製薬における経営の転換点(その3) Q なぜ2026年に「35年ビジョン」で品質再建と海外再成長を同時に掲げたのか
A 紅麹問題で傷んだ国内の信頼回復と、頭打ちの国内市場に代わる収益源の確保を同時に進める必要があったからである。豊田賀一社長は2026年2月に中期経営計画『35年ビジョン』を発表し、品質管理の立て直しと海外事業による再成長を両立させる方針を示した。海外売上は2024年に451億円とグループの3割弱に達し、国際事業部を率いてきた豊田氏の登用には海外を次の収益源に育てる狙いがある

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小林製薬の沿革1886〜2026年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1886〜1955年名古屋の雑貨商から大阪の医薬卸へ小林忠兵衛が名古屋で小林盛大堂を開業
小林大薬房を設立
小林製薬を設立
1956〜1998年アンメルツ・ブルーレットが作った「あったらいいなをカタチにする」型ニッチ事業小林製薬を合併
商号を小林製薬に変更
本社を移転
外用消炎鎮痛薬「アンメルツ」を全国発売★★
水洗トイレ用芳香洗浄剤「ブルーレット」を発売★★
日本メディコを設立
芳香剤「サワデー」を発売★★
富山小林製薬を設立
エンゼルを子会社化
小林メディカル事業部を設置
小林ソファモアダネックを設立
上海小林友誼日化有限公司を設立
Kobayashi Healthcare,LLCを設立
1999〜2024年大証2部上場と東証一部移籍 ── 創業家経営の継続大阪証券取引所市場第二部に上場
東京証券取引所市場第一部に上場
桐灰化学を子会社化★★
健康食品事業(杜仲茶)の営業権を譲り受け
小林豊eVent Medical,Ltd.とHeat Max,Inc.を子会社化★★
小林豊コバショウとメディセオ・パルタックHDの株式を株式交換
小林章浩紅麹サプリ健康被害の引責と創業家経営陣の退任・統治刷新

2024年7月23日、小林製薬は、紅麹原料を含むサプリメントによる健康被害への対応が遅れた責任を取り、小林一雅会長と小林章浩社長という創業家出身の二人が退く人事を発表した。後任社長には山根聡専務が昇格し、1886年の創業以来で初めて創業家以外からトップが立った。法曹三者出身の事実検証委員会の検証を踏まえた、取締役会主導の判断であった。

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2025〜2026年紅麹問題を経た脱・創業家への模索豊田賀一オアシスの統治改革要求への対応と監査等委員会設置会社への移行

2026年3月27日の定時株主総会で、小林製薬は筆頭株主オアシス・マネジメントの株主提案3議案(取締役会議長条項の変更・社外取締役へのマンスリーレポート共有・品質、安全管理の徹底の定款化)をいずれも否決し、会社提案の監査等委員会設置会社への移行を可決した。紅麹問題を機に始まった物言う株主との攻防は、機関設計の選択というかたちで一つの区切りを迎えた。

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出典・参考
  • 小林製薬 有価証券報告書 第N期【沿革】

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