1944年9月、戦時統制経済の一環として政府が定めた[1]『電気工事業整備要綱』のもとで、㈱協立興業社ほか7社の電気工事会社が統合され[2]、これに関東配電株式会社(戦後の東京電力の前身)が参加して、資本金300万円[3]・本社東京都赤坂区溜池2番地[4]に関東電気工事株式会社が設立された。設立と同時に神奈川・埼玉・千葉・群馬・栃木・茨城・山梨・沼津(現静岡)の8支店を一斉に開設し[5]、関東1都7県で営業を開始した。同じ要綱による統合は九州でも進み、1944年12月に㈱営電社ほか13社が統合されて、1945年3月までに全国で計19社の統合が完了している。工事を発注する配電会社が、統合される同業者と並んで新会社の資本に加わった[6]点に、この設立の特徴がある。発注元が株主を兼ねる関係はその後も途切れず、2025年3月末時点でも東京電力パワーグリッド㈱が46.35%を保有する筆頭株主[7]である。
戦後の電気工事業は1949年の建設業法成立で法的な位置づけを得て、関東電気工事は1949年10月に建設大臣登録(イ)第250号を受けた[8]。前年の1948年3月には多摩支店を設けて[9]いる。1951年の電気事業再編成令で関東配電は東京電力株式会社へ再編されたが、元請と施工請負の関係は新会社へそのまま継承された[10]。1959年1月には大阪支社(現関西支店)を設置[11]し、東京電力エリアの外に初めて拠点を構えた。1960年9月に本社を東京都文京区湯島4丁目1番18号へ移し[12]、1961年7月には應用電気㈱(現関工商事㈱)に資本参加[13]している。1961年10月、東京証券取引所市場第二部へ上場し[14]、資本金は3億5千万円[15]となった。
1970年1月に仙台支社(現東北支店)[16]、同年2月に信越支社(現長野支店)を設置すると同時に土木工事の営業を開始し、東京証券取引所市場第一部に指定された[17](資本金17億円[18])。同年5月には空調管工事(現環境設備工事)の営業を開始[19]、同年8月に札幌支社(現北海道支店)を設置[20]し、1971年4月には第一企業㈱(現㈱関工パワーテクノ)へ資本参加[21]した。営業網の広域化と工種の追加が重なり、単体売上高は1971年3月期の605億円から1975年3月期に1,045億円、1980年3月期には1,933億円へ伸びた[22]。1975年3月期の受注工事高は屋内線工事560億円が51%を占め、配電線工事317億円の29%を上回った[23]。
1973年6月、総合教育センター(現人材育成センター)を設置[24]し、施工現場の技能者を自社で育てる体制を制度化した。1974年4月には建設業法改正に対応して建設大臣許可(特-49)第3885号を受け[25]、特定建設業者となった。1976年6月には建設大臣許可(般-51)第3885号[26]も受けている。1979年7月には原子力関連工事の営業を開始[27]し、電気工事の対象に原子力発電所を加えた。単体売上高は1982年3月期に2,441億円まで伸びた後、1983年3月期は2,272億円へ落ち込み、1984年3月期に2,451億円[28]へ戻している。原子力工事への参入から36年後の2015年7月には、福島原子力事故からの復興工事を担う福島本部が置かれた[29]。
1981年10月、シンガポールに事務所(現シンガポール支社)を置き[30]、初の海外拠点とした。1970年の土木工事・空調管工事への参入、1979年の原子力関連工事の営業開始に続く事業範囲の拡張[31]であった。1985年3月期の受注工事高を見ると、配電線工事1,316億円が48%、屋内線・空調管工事1,084億円が39%、工務関係工事365億円が13%[32]を占め、東京電力向けの配電線工事と民間向けの屋内線・空調管工事が受注の二本柱として並んだ。単体の経常利益も1979年3月期の96億円から1981年3月期には139億円へ伸びている[33]。
1984年9月、創業から40年使い続けた『関東電気工事』の商号を『株式会社関電工』へ変更[34]した。社名から『電気工事』の四文字が外れ[35]、略称として通っていた『関電工』が正式な商号になった。同年11月には関工不動産管理㈱(現㈱ケイアセットマネジメント)を設立[36]し、施工以外の領域へも足を伸ばしている。商号変更時点の規模は、1985年3月期の単体売上高2,766億円・経常利益141億円・当期純利益53億円[37]であった。同じ要綱で生まれた九州電気工事も、1989年12月に『九電工』へ商号を変更[38]している。
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| 1944〜1984年戦時統制下の設立と東京電力エリア電気工事会社としての確立 | 電気工事業整備要綱による7社統合と、関東配電の資本参加による関東電気工事の設立 1944年9月、戦時統制経済のもとで政府が定めた電気工事業整備要綱に基づき、㈱協立興業社ほか7社の電気工事会社が統合され、これに関東配電株式会社(戦後の東京電力の前身)が参加して、資本金300万円の関東電気工事株式会社が設立された経営判断。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 8支店を開設し営業を開始 | ★ | |||
| 多摩支店を開設 | ★ | |||
| 建設業法に基づき建設大臣登録(イ)第250号取得 | ★ | |||
| 大阪支社を開設 | ★ | |||
| 本社を移転 | ★ | |||
| 應用電気に資本参加 | ★ | |||
| 東京証券取引所市場第二部に上場 | ★ | |||
| 信越支社を開設・土木工事の営業開始・東京証券取引所市場第一部に指定 | ★★ | |||
| 空調管工事の営業開始 | ★ | |||
| 第一企業に資本参加 | ★ | |||
| 総合教育センター設置 | ★ | |||
| 原子力関連工事の営業開始 | ★★ | |||
| シンガポール支社を開設 | ★ | |||
| 土木・空調管・原子力工事への業域拡張と「関電工」への社名変更 1984年9月、関東電気工事株式会社が商号を株式会社関電工へ変更した経営判断。1970年の土木工事・空調管工事への参入、1979年の原子力関連工事の営業開始を経て広がった事業範囲を、略称であった『関電工』を正式な商号に格上げすることで受け止めた。 詳細を読む | ★★★ | |||
| 関工不動産管理を設立 | ★ | |||
| 1985〜2011年関電工としての多角化と東京電力依存構造の固定化 | 第1回無担保転換社債100億円の発行 | ★ | ||
| 本社を移転 | ★ | |||
| 九州支店を開設 | ★ | |||
| つくば技術研究所を新設 | ★ | |||
| ベイテクノを設立 | ★ | |||
| 茨城・栃木・群馬・山梨・静岡の各ケイテクノ5社を設立 | ★ | |||
| 神奈川ケイテクノ・千葉ケイテクノ・埼玉ケイテクノを設立 | ★ | |||
| ネットセーブを設立 | ★ | |||
| 宅地建物取引業者免許取得 | ★ | |||
| 阪急電気工事に資本参加 | ★ | |||
| TLCに資本参加 | ★ | |||
| 山口学 | 川崎設備工業に資本参加(名古屋証券取引所市場第二部上場) | ★ | ||
| 2012〜2024年発電事業者への業態転換とグリーンイノベーションカンパニーへの再定義 | 水江博 | 銚子風力開発への資本参加による発電事業への進出 2012年10月、関電工が銚子風力開発株式会社へ資本参加し、発電事業を始めた経営判断。同社が持つ銚子風力発電所と八木風力発電所は、いずれも千葉県銚子市にあり、2004年11月と2006年7月にすでに運転を始めていた設備であった。 詳細を読む | ★★★ | |
| 水江博 | 前橋バイオマス発電を設立 | ★ | ||
| 水江博 | 2021年満期ユーロ円建取得条項付転換社債型新株予約権付社債200億円の発行 | ★ | ||
| 森戸義美 | 佐藤建設工業に資本参加 | ★ | ||
| 森戸義美 | 千葉・茨城・栃木・群馬・西関東・静岡パワーテクノを設立 | ★ | ||
| 仲摩俊男 | プライム市場に移行 | ★ |
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事実根拠:出所(関電工)