福田組の歴史
沿革
1902年に福田藤吉氏が始めた建設業が起源。
1949年に道路部門を発足させ、1970年に福田道路を設立して道路舗装へ事業を拡大した。新潟を地盤とする総合建設会社で、道路・住宅・不動産の子会社を抱え、直近の売上高は1,680億円。
創業期
1902年〜福田藤吉の福田組創業
- 福田藤吉氏が福田組を創業[1]
- 2代目の福田賢吉氏が父の事業を継承[1]
- 個人組織から法人組織に変更[1]
- 福田賢吉氏が取締役社長に就任[1]
- 福田賢吉氏が新潟市会議員に当選[1]
- 福田絅次氏が取締役社長に就任[1]
- 仙台出張所を開設[1]
売上高
- 売上高
福田組売上高—
成長期
1942年〜道路部門の発足と興和地下建設の設立
- 企業整備令の下で事業の継続が認可[1]
- 建設業者の新潟県知事登録を取得[1]
- 道路部門を発足[2]
- 福田正氏が取締役社長に就任[1]
- 興和地下建設を設立[2]
- 東京出張所を開設[1]
- 大阪営業所を開設[1]
- 創業60周年を記念して財団法人福田育英会を創設[1]
- 仙台営業所を開設[1]
- 大阪営業所を支店に昇格[1]
- 施工高100億円を突破[1]
売上高
- 売上高
福田組売上高—
成長期
1970年〜福田道路の設立と東証一部指定替え
- 福田道路を設立[2]
- 福田不動産を設立[2]
- 福田正氏が黄綬褒章を受章[1]
- 北日本ハウジング・北日本仮設センターを設立[2]
- 仙台営業所を支店に昇格[1]
- 東京証券取引所市場第二部・新潟証券取引所に上場[2]
- 埼玉道路を子会社化[2]
- 本社社屋の新装が完成[1]
- 組織機構を改革して情報開発室を新設[1]
- 東京証券取引所市場第一部に指定替え[2]
- 支店の独立採算制を開始[1]
- 福田正氏が勲三等瑞宝章を受章[1]
売上高
- 売上高
福田組売上高—
1987年〜新潟造園土木の子会社化と事業部門の会社分割
- 新潟造園土木を子会社化[2]
- 受注・売上とも1,000億円を突破[1]
- 福田実氏が代表取締役社長に就任[1]
- 「フューチャーフロンティア(FF)21」を開始[1]
- 新免震システムを開発[1]
- 売上高が過去最高の1,531億円[1]
- 福田リニューアルを設立[2]
- むつ小川原ウィンドファーム事業に着手[1]
- 創業100周年[1]
- 福田勝之氏が代表取締役社長に就任[1]
- 住宅事業部を改組してフクダハウジング事業本部を設立[1]
- デュアルシールド工法を開発[1]
- 戸建住宅事業部門をリフレに会社分割[2]
- エンジニアリング事業部門をリアスに会社分割[1]
- 長期ビジョン2025を発表[1]
- 本社新社屋が竣工[1]
- 中期経営計画「マルチ・ステークホルダーの満足度ナンバーワン企業へ」を発表[1]
- プライム市場に移行[1]
- 創業120周年[1]
- 監査等委員会設置会社に移行[2]