乃村工藝社の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

受注先が消えるたびに、展示を請ける相手を移し替えて存続した会社である。1942年の法人化は、南京の大東亜戦争博覧会を請負額35万円で単独施工した翌月にあたり、軍の宣伝催事を継続して受ける体制づくりだった。敗戦で軍の発注が途絶えると百貨店と新聞社の催事へ戻り、1950年には資本金を100万円に増資して定款の目的を博覧会と展覧会の施工に改めた。その結果、1954年の第1回日本国際見本市では全出展ブースの10%を受注し、業界首位に立った。1962年3月には営業種目を「ディスプレイ」と定め、売場の装飾から見本市・遊園地までを一つの業として示した。

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