乃村工藝社の歴史
沿革
1942年に設立された日本軍事工藝が起源。
1970年の日本万国博覧会で主要パビリオンを手がけ、1993年には東京都江戸東京博物館の展示制作を受注した。商業施設や博物館、博覧会の展示・内装を担うディスプレイ業の会社である。
創業期
1942年〜日本軍事工藝の設立と百貨店の店内装飾
- 大阪出張所を開設(難波新地に社屋竣工)[1]
- 日本軍事工藝を設立[2]
- 空襲で東京の社屋と大阪出張所の社屋が全焼[3]
- 乃村工藝社に商号変更[4]
- 南光清三氏が社長に就任[3]
- 百貨店の店内装飾と展覧会業務を受注[4]
- 南光清三社長が大阪出張中に急逝[3]
- カラチ国際見本市などの海外展示を受注[4]
- 第1回全日本自動車ショーを受注[4]
- 大型余暇施設を受注[4]
- 社業名を「ディスプレイ」と制定[3]
売上高
- 売上高
乃村工藝社売上高—
成長期
1963年〜日本万国博覧会の主要パビリオンと科学系博物館の展示施設
- 科学系博物館の展示施設を受注[4]
- 本社を東京都港区芝浦に移転[4]
- 日本万国博覧会の主要パビリオンを受注[4]
- 札幌営業所(現 北海道支店)を開設[1]
- 福岡営業所(現 九州支店)を開設[1]
- 沖縄国際海洋博覧会の主要パビリオンを受注[4]
- 北日本事業部(現 東北支店)を開設[1]
- 新木場スタジオを新設[1]
- 技研工芸社を完全子会社化[4]
- 広島営業所(現 中四国支店)を開設[1]
- つくば科学博覧会の主要パビリオンを受注[4]
- 名古屋営業所(現 中部支店)を開設[1]
売上高
- 売上高
乃村工藝社売上高—
成長期
1989年〜店頭登録と東京都江戸東京博物館の展示制作
- 日本証券業協会に店頭登録[4]
- 国際花と緑の博覧会の政府苑などを受注[4]
- 東京証券取引所市場第二部に上場[4]
- 創業100周年[1]
- セビリア万国博覧会の日本館展示を受注[4]
- 東京都江戸東京博物館の展示制作を受注[4]
- ノムラサービス(現 シーズ・スリー)を設立[1]
- 文化環境研究所(現 六耀社)を設立[1]
- ノムラテクノを完全子会社化[4]
- 乃村工藝建築装飾(北京)有限公司を設立[4]
売上高
- 売上高
乃村工藝社売上高—
安定成長期
2005年〜愛知万博の政府館と国際的スポーツ大会の仮設施設の受注
- 東京証券取引所市場第一部に指定替え[4]
- 愛知万博の政府館などを受注[4]
- 「プライバシーマーク」の認定を取得[1]
- ISO14001の全社認証を取得[1]
- テスコを子会社化[4]
- 本社を東京都港区台場に移転[1]
- 沖縄営業所を開設[1]
- ISO9001の全社認証を取得[1]
- NOMURA Design & Engineering Singaporeを設立[4]
- 六耀社を完全子会社化[4]
- 六耀社と文化環境研究所が六耀社を存続会社として合併[1]
- スクエアを完全子会社化[4]
- 京都営業所を開設[1]
- 大阪事業所を大阪市浪速区難波に移転[1]
- テスコの全株式を譲渡[4]
- 国際的スポーツ大会のオフィシャルサポーター契約を締結[1]
- 港区台場でグループ拠点集約整備プロジェクトを実施[1]
- 国際的スポーツ大会の競技会場の仮設施設を受注[4]
- ノムラアークス、ノムラメディアスを設立[1]
- 創業130周年[1]
- プライム市場に移行[4]
- 榎本修次氏が代表取締役会長執行役員を退任[5]