安田倉庫の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

土地の持ち主として興り、荷を預かる倉庫業へ本業を移した会社である。設立時の事業は青島の不動産賃貸と塩田、守屋町の埋立地の管理で、倉庫は1棟も持っていなかった。1923年の関東大震災で守屋町が復旧物資の陸揚げ地となると、1924年1月に資金15万円の予算で倉庫部の創設を決め、横浜共立倉庫の前支配人の高田道信氏を迎えた。1927年以降は守屋町の土地を日本フォード自動車と日本ビクター蓄音器へ売却し、進出した工場の貨物を自社の構内へ呼び込んだ。1932年に芝浦へ東京営業所を開設し、倉庫収入が7割を超えた1934年に臨港倉庫へ社名を変更した。

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