日本トランスシティの歴史
沿革
1942年に設立された四日市港運が起源。
1996年に四日市港国際物流センターを稼働させ、2002年には消費財専用物流センター「イオン中部RDC」を動かした。四日市港を拠点とする総合物流会社で、2025年3月期の売上高は1,248億円。
創業期
1942年〜四日市港運の設立と四日市倉庫の吸収合併
- 四日市港運を設立[1]
- 四日市倉庫を吸収合併[1]
- 極東冷蔵を設立[2]
- 名古屋支店を設置[1]
- 四日市倉庫に商号変更[1]
- 名古屋証券取引所に上場[1]
売上高
- 売上高
日本トランスシティ売上高—
成長期
1950年〜通運事業と一般貸切貨物自動車運送事業への参入
- 通運事業と一般貸切貨物自動車運送事業に参入[2]
- 大阪支店を設置[1]
- 東京証券取引所市場第一部に上場[1]
- 東京支店を開設[1]
- 豪州航路コンテナ船が四日市港に入港しコンテナ羊毛の取扱を開始[1]
- 鹿島支店を開設[1]
- シドニー駐在員事務所を開設[1]
- 資本金を20億円に増資[1]
- 四日市港霞埠頭にウールセンターが完成[1]
- ロサンゼルス駐在員事務所を開設[1]
- 住友商事との合弁で中部コールセンターを設立[2]
- IATA貨物代理店資格を取得[1]
売上高
- 売上高
日本トランスシティ売上高—
成長期
1985年〜Yokkaichi America Corporation設立と日本トランスシティへの改称
- Yokkaichi America Corporationを設立[2]
- バンコク駐在員事務所を開設[1]
- Yokkaichi(Thailand)を設立[2]
- ロンドン駐在員事務所を開設[1]
- Trancy Logistics(Singapore)を設立[1]
- 物流情報システム「LINETS」の運転を開始[1]
- 日本トランスシティに商号変更[1]
- 大連駐在員事務所を開設[1]
- 中国大連航路のコンテナ船が初入港[1]
- Trancy Logistics(H.K)を香港に設立[1]
- 四日市港国際物流センターが稼働[2]
- 東京支店東松山物流センターが稼働[1]
- 大阪支店枚方物流センターが稼働[1]
- Trancy Logistics Philippinesを設立[1]
- Trancy Logistics (Malaysia)を設立[1]
- PT.Naditama Trancy Logistics Indonesiaを設立[1]
- デュッセルドルフにTrancy Logistics (Europe)を設立[1]
- 消費財専用物流センター「イオン中部RDC」が稼働[2]
- 自動車部品専用物流センターが稼働[2]
- Trancy Logistics Mexicoを設立[1]
売上高
- 売上高
日本トランスシティ売上高—
成熟期
2005年〜Trancy Logistics(Shanghai)設立と三重朝日物流センターの稼働
- Trancy Logistics(Shanghai)を設立[2]
- 亀山物流センターが稼働[1]
- 新門司物流センターが稼働[1]
- 本部制を導入し管理本部と営業本部を新設[1]
- 「特定保税承認者」の承認を受ける[1]
- Trancy Logistics(Vietnam)を設立[2]
- Trancy Logistics(Cambodia)を設立[1]
- 国内物流情報システム「WALTZ」の運転を開始[1]
- JSR物流に資本参加[2]
- 飛島物流センターが稼働[1]
- Trancy Distribution(Vietnam)をハノイに設立[1]
- 霞北埠頭流通センターが稼働[1]
- 本社を四日市港ポートビルへ移転[1]
- 東京支店幸手営業所が稼働[1]
- 海外本部を新設[1]
- Trancy Distribution(Thailand)をバンコクに設立[1]
- 霞バイオマスセンターが稼働[1]
- プライム市場に移行[2]
- 住友電装・伊勢湾倉庫と共同でSTコネクトロジスティクスを設立[2]
- 自動車部品専用物流センター「三重朝日物流センター」が稼働[2]