決断
借入に依存せず、技術者と製法の改良で後発の不利を埋めてきた会社である。1920年のゴムベルトへの転換は、小田源蔵氏が直販で需要の移りを確かめたうえでの判断だった。1927年からの恐慌で受注が激減すると、小田源蔵氏は熟練工だけに依存しない方針を立て、1929年に尾本他家造氏と苅野信雄氏を迎えた。その結果、1934年にフリクション製法に成功し、先進メーカーの技術水準に追いついた。並行して1931年の工場拡張は約4万円を社内留保でまかない、1936年には平ベルトの設備を転用してコンベヤベルトに参入した。