三菱樹脂の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

原料を自ら持たない加工専業という位置を、71年変えなかった。塩化ビニルのモノマーもポリマーも作らず、原料樹脂を同じ三菱系の企業から調達する立場は、最後の有価証券報告書まで続いた。原料の国産量産を待たずに加工へ入れたのもそのためで、日本ゼオンの蒲原工場の完成より4年早い。1952年1月に軟質部門をモンサント化成工業へ移して硬質のパイプと板へ絞り、硬質塩ビ管では積水化学工業とクボタに次ぐ3位を20年以上動かさなかった。成熟した主力の外を探した1985年のICカードも、原価の6割を占めるICを外部から調達し、ソフトも他社に委ねる商品だった。利幅の薄さを解くため1989年に光学式ビデオディスクへ24億円を投じて三菱商事と生産・販売会社を設立したが、同年に置いた売上高2,000億円の目標には2002年3月期の1,631億円でも届かなかった。

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