大倉工業の歴史
沿革
1947年に設立された四国住宅が起源。
1955年にポリエチレン加工業へ参入して社名を大倉工業に改め、1987年には新規材料事業に参入した。丸亀に拠点を開設する合成樹脂加工メーカーで、包装材料を軸に建材やホテル事業も手がける。
創業期
1947年〜四国住宅の設立とポリエチレン加工業への参入
- 四国住宅を設立[1]
- 四国実業に商号変更[2]
- 中讃木材を吸収合併[3]
- ポリエチレン加工業に参入[4]
- 大倉工業に商号変更[2]
- 丸亀工場でポリエチレンフィルム加工工場の操業を開始[1]
- 資本金を2,000万円に増資[2]
- 東京工場を新設[4]
- 大阪工場・福岡工場を新設[4]
売上高
- 売上高
大倉工業売上高—
成長期
1962年〜大証二部上場とラワン合板・ビジネスホテルへの多角化
- 大阪証券取引所市場第二部に上場[1]
- 本社工場を新設[1]
- ラワン合板の生産に参入[4]
- 岡山工場を新設[4]
- 丸亀第三工場で化粧合板工場の操業を開始[1]
- 土地造成・建物の建売事業に参入[4]
- 東京証券取引所市場第二部に上場[4]
- 埼玉工場の操業を開始[1]
- 詫間工場を新設[1]
- 東京証券取引所・大阪証券取引所市場第一部に指定替え[1]
- 木材部門を大倉建販に譲渡[4]
- パーティクルボード工場を新設[4]
- 本社を香川県丸亀市に移転[1]
- ビジネスホテルを開業[4]
- 丸亀第四工場の操業を開始[1]
売上高
- 売上高
大倉工業売上高—
転換期
1987年〜新規材料事業の立ち上げと丸亀第二工場の合板工場の廃止
- 新規材料事業に参入[1]
- オークラホテル丸亀を開業[4]
- 新規材料事業部の第二機能材工場が完成[4]
- 丸亀第五工場の操業を開始[1]
- 仲南工場の操業を開始[1]
- 無錫大倉包装材料有限公司を設立[1]
- オークラホテル丸亀とオークラホテル高松を分社化[1]
- 丸亀第二工場内の合板工場を廃止[4]
- 新規材料事業部C棟の操業を開始[1]
売上高
- 売上高
大倉工業売上高—
成熟期
2003年〜住宅事業のオークラハウスへの分社とフジコー買収
- 住宅事業を分社化してオークラハウスを設立[1]
- 大阪証券取引所の上場を廃止[4]
- 新規材料事業部D棟の操業を開始[1]
- コーポレートセンターとR&Dセンターを新設[1]
- 新規材料事業部G棟の操業を開始[1]
- 経営ビジョン「Next10」を開始[1]
- 経営ビジョンを「Next10(2030)」に改定[1]
- プライム市場に移行[4]
- OKURA VIETNAMを設立[1]
- 福田英司氏が社長に就任[5]
- 仲南工場と詫間工場の減損損失を計上[5]
- フジコーを子会社化[1]
- 高瀬工場の操業を開始[1]