エア・ウォーター の歴史

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創業 1929年
母体 大同特殊鋼系
創業地 大阪市
創業
1929年9月、北海道札幌市白石区菊水で資本金15万円をもって北海酸素が設立された。鉄工・造船・建築の現場が使う酸素を本州から取り寄せていた北海道で、製造と配送を地元に置く専業会社として出発している。1952年12月に溶解アセチレン、1955年12月にLPガスへ商品を広げ、1966年8月に商号を「ほくさん」へ改めた。1967年5月には室蘭に酸素のオンサイトプラントを建て、1979年9月に東京証券取引所市場第一部へ上場する。1993年4月、大阪の大同酸素と合併して大同ほくさんとなり、2000年4月に和歌山発の共同酸素を加えてエア・ウォーターへ商号を改めた。
決断
三つの地場酸素会社を一つにして得た配送網に、酸素以外の商品を載せてきた。北海酸素は北海道、1933年設立の大同酸素は大阪、1962年設立の共同酸素は和歌山と、三社はいずれも地元の需要家へ酸素を届ける地場専業だった。共同酸素の工場は住友金属工業の和歌山・小倉・鹿島の製鉄所の構内にあった。二度の合併で北海道・関西・中部・関東に拠点がそろうと、エア・ウォーターは同じ配送と充填の網に医療用ガス、LPガス、青果物、ハム、化学品を載せた。ゴールドパック、九州屋、大山ハムと買収は100件を超え、2022年4月には4事業グループ・12事業ユニットへ組み替えた。買収先の社長にそのままユニット長を兼ねさせたことが、100社を超えるグループを本体の合議の外で運営する形を作った。
現況
会計不正の発覚で、2026年3月期は639億円の最終赤字へ転じた。連結売上高は1兆668億円と前期並みだったが、営業損益は371億円の損失で、営業利益752億円・純利益491億円を出した前期から一転している。グループ各社に広がった不適切な会計処理は、自主点検と特別調査委員会の調査により売上収益で約667億円、営業利益で約332億円の過大計上が認定された。産業ガスを担うデジタル&インダストリーは売上3,299億円に対し706億円の減損を計上して409億円の損失となり、ヘルス&セーフティー104億円、アグリ&フーズ37億円の利益では埋まらなかった。予算必達を求める経営が作った数字を内側で問い直す機能がなかったことが、1兆円の売上を赤字へ変えた。
競合
産業ガス2社の差は、海外へ出るか国内の別の産業へ広げるかにある。日本酸素ホールディングスは2018年12月に米プラクスエアの欧州事業を49億ユーロで取得し、日米欧の3地域へ売上をほぼ均等に分けた。エア・ウォーターの海外売上は2026年3月期で1,216億円、全体の11%にとどまる。代わりに国内では医療用ガスから在宅酸素、病院向けの衛生材料、青果物、ハム、飲料の受託充填まで買い足し、産業ガスを担うデジタル&インダストリーの売上構成比は3割まで下がった。2026年5月には旧村上ファンド系が5.86%を取得して増配や非公開化を含む提案の可能性を掲げ、香港のオアシス・マネジメントも6.05%を取得している。国内で異なる産業を集めた結果、産業ガスの市況ではなく買収先の統制が業績を決める会社になった。
エア・ウォーター:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
2006年3月期2026年3月期

設立ストーリー 北海酸素から大同ほくさんへ・産業ガス専業の40年 (1929年〜)

札幌発の地場酸素メーカーとして出発

エア・ウォーターの源流である北海酸素株式会社は[1]、1929年9月に北海道札幌市白石区菊水で資本金15万円[2]をもって設立された。[3]酸素の製造・販売を目的とする地場の産業ガス専業会社で、北海道の鉄工・造船・建築現場を主要顧客とする一拠点企業として戦中・戦後を乗り切った。1952年12月には溶解アセチレンの製造・販売を開始し[4]、1955年12月にはLPガスの販売へ進出する[5]。北海道という遠隔市場で酸素・アセチレン・LPガスのいわゆる三本柱を揃え、配送と充填所の網を地域に張る業態を整えたのが戦後復興期から高度成長前夜にかけての姿となる。1966年8月には商号を『株式会社ほくさん』へ改め[6]、酸素工業から総合産業ガス会社へ業態の幅を広げ始めた。

  • エア・ウォーター 有価証券報告書【沿革】
    • [1]北海酸素の設立時資本金は15万円
    • [2]1929年9月 北海酸素株式会社を北海道札幌市白石区菊水で設立(資本金15万円)
    • [3]北海酸素の設立地は北海道札幌市白石区菊水
    • [4]1952年12月 溶解アセチレンの製造・販売を開始
    • [5]1955年12月 LPガスの販売を開始
    • [6]1966年8月 商号を「株式会社ほくさん」へ変更

1979年9月には東京証券取引所市場第一部に株式を上場し[7]、地場会社から上場企業へ位置取りを変えた。設立から50年を経て社会的信用と資金調達手段を得た時期にあたり、ほくさんはこの後、医療用ガス・特殊ガス・冷凍機器・農産物冷蔵といった川下の機能商品へ事業領域を広げた。北海道発の地場メーカーが半導体・エレクトロニクス需要に乗って全国市場へ広がる素地は、この50余年で積み上がった。

  • エア・ウォーター 有価証券報告書【沿革】
    • [7]ほくさん(北海酸素系)は1979年9月 東京証券取引所市場第一部に上場
  • エア・ウォーター 有価証券報告書【沿革】
    • [1]北海酸素の設立時資本金は15万円
    • [2]1929年9月 北海酸素株式会社を北海道札幌市白石区菊水で設立(資本金15万円)
    • [3]北海酸素の設立地は北海道札幌市白石区菊水
    • [4]1952年12月 溶解アセチレンの製造・販売を開始
    • [5]1955年12月 LPガスの販売を開始
    • [6]1966年8月 商号を「株式会社ほくさん」へ変更
    • [7]ほくさん(北海酸素系)は1979年9月 東京証券取引所市場第一部に上場

大同酸素との合併で「大同ほくさん」へ・西への足場拡張

1993年4月、ほくさんは大阪を地盤とする大同酸素株式会社と合併し[8]、社名を『大同ほくさん株式会社』と改めた。北海道のほくさんと西日本の大同酸素という地域別の二大酸素メーカーが一体化することで、東日本と西日本の両極に充填工場・販売拠点・物流網を持つ全国規模の産業ガス会社が誕生した形である。大同酸素は1933年3月、昭和初年以来の産業発展で酸素ガスの需要が製造能力を上回るなか、大阪地方の酸素充足を目的に資本金30万円で設立[9]された会社である。大阪市西成区津守に本社と工場を置き、ドイツのメッサー社から酸素ガス製造装置一基を導入して毎時60立方米[10]という小規模な操業から始まった。1953年には津守に溶解アセチレンガス工場を新設し[11]、翌1954年には堺工場へ西独リンデ社の装置で液体酸素・液体窒素・アルゴンガスの製造に乗り出すなど、製品系列を広げてきた事業者だった。合併後の大同ほくさんは札幌・大阪両拠点の二大核体制となり、地理的に離れた北海道と関西の市場を取り込んで産業ガス専業の壁を破る規模を備えた。

  • エア・ウォーター 有価証券報告書【沿革】
    • [8]1993年4月 ほくさんは大同酸素と合併し商号を「大同ほくさん株式会社」へ変更
    • [9]大同酸素は1933年3月 大阪市西成区津守で設立(資本金30万円・大阪地方の酸素充足が目的)
  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [10]大同酸素は資本金30万円で設立し、メッサー社の酸素ガス製造装置一基(毎時60立方米)で操業を開始
    • [11]大同酸素は1953年(昭和28年)津守に溶解アセチレンガス工場を新設、1954年(昭和29年)堺工場に西独リンデ社装置を導入し液体酸素・液体窒素・アルゴンガスの製造を開始

合併によって調達できた財務基盤と販売網を活かし、大同ほくさんは医療用ガス、ファインケミカル、農産・食品事業、エンジニアリングといった非ガス領域への進出を加速する。1990年代後半は半導体・液晶用特殊ガスの需要拡大期にあたり、超高純度の窒素・水素・アルゴン・特殊ガスを安定供給する役割が求められた時代でもある。同時に、1995年の阪神・淡路大震災や1997年のアジア通貨危機を経て、産業ガス業界でも国内事業の見直しと事業再編が進んだ。大同ほくさんは合併直後の数年で経営統合の効果を引き出しつつ、次なる規模拡大に向けた相手探しを進める。創業から70年を経て、ほくさんと大同酸素という二つの戦前創業の地場会社が一体化したことが、後の全国規模再編の準備段階となった。

  • エア・ウォーター 有価証券報告書【沿革】
    • [8]1993年4月 ほくさんは大同酸素と合併し商号を「大同ほくさん株式会社」へ変更
    • [9]大同酸素は1933年3月 大阪市西成区津守で設立(資本金30万円・大阪地方の酸素充足が目的)
  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [10]大同酸素は資本金30万円で設立し、メッサー社の酸素ガス製造装置一基(毎時60立方米)で操業を開始
    • [11]大同酸素は1953年(昭和28年)津守に溶解アセチレンガス工場を新設、1954年(昭和29年)堺工場に西独リンデ社装置を導入し液体酸素・液体窒素・アルゴンガスの製造を開始

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エア・ウォーターの沿革1929〜2026年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1929〜2000年北海酸素から大同ほくさんへ・産業ガス専業の40年北海酸素を設立
大同酸素を設立
堺工場を新設
溶解アセチレンの製造・販売を開始
LPガスの販売を開始
東京証券取引所市場第一部に株式を上場
共同酸素を設立(本店の所在地和歌山市)
酸素・窒素の製造販売を開始
商号を「ほくさん」に変更
酸素オンサイトプラントを建設
東京証券取引所市場第一部に株式を上場
冷凍食品の製造・販売を開始
エア・プロダクツ・アンド・ケミカルズと資本提携★★
エア・プロダクツ・アンド・ケミカルズと技術援助契約を締結
青木弘近畿冷熱との共同出資によりクリオ・エアーを設立
水島茂大同酸素と合併★★
水島茂大同ほくさんに商号変更
水島茂大同ほくさんと業務提携
青木弘タテホ化学工業の第三者割当増資を引受け
豊田昌洋共同酸素と合併★★
豊田昌洋エア・ウォーターに商号変更
2000〜2020年エア・ウォーター誕生と多角化の20年美坂佳助住金ケミカルに資本参加
美坂佳助エア・ウォーター防災を株式交換により完全子会社化
美坂佳助日本海水に資本参加★★
今井康夫ゴールドパックを株式取得により完全子会社化★★
今井康夫川崎化成工業を子会社化
今井康夫川本産業を株式取得により子会社化
白井清司コールケミカル事業を新日鐵住金と新日鉄住金化学へ譲渡★★
豊田喜久夫HITEC Holding B.V. を株式取得により完全子会社化
豊田喜久夫各地域事業会社を8社から3社に統合
松林良祐全社的な不適切会計と子会社の資金横領、有価証券報告書の提出延長

2025年から2026年にかけて、産業ガス大手のエア・ウォーターで、グループの多数の会社に及ぶ不適切な会計処理が相次いで判明した経営危機。損失の先送りや在庫の過大計上が発覚して特別調査委員会が設置され、2026年3月期は一転して最終赤字へと下方修正された。2026年6月には子会社2社での費用付替えと資金横領が新たに見つかり、有価証券報告書の提出期限が延長された。

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★★★
松林良祐2026年3月期を最終赤字へ下方修正★★
松林良祐有価証券報告書の提出を延長★★
松林良祐旧村上ファンド系による株式取得と増配・自己株取得の要求への対応

2026年5月、会計不正で特別注意銘柄に指定された産業ガス大手エア・ウォーターの株式を、旧村上ファンド系の投資会社シティインデックスイレブンスと村上世彰氏の長女・野村絢氏らが5.86%取得し、まもなく6.88%へ買い増した進行中の案件。保有目的には増配・自己株取得などの資本政策の変更に加え、MBOを含む株式の非公開化を提案する可能性が明記された。6月には香港のオアシス・マネジメントも6.05%を取得し、株価は上場来高値を更新した。

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★★★
出典・参考
  • エア・ウォーター 有価証券報告書【沿革】
  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社, 1968)

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