戸田利兵衛
戸田建設・元取締役社長
経歴1913〜1961年
経歴
| 区分 | 所属先 | 就任年 | 役職 | 現任 | 1913年主要役職の状況(推定含む目安)1961年 |
|---|---|---|---|---|---|
| 民間企業 | |||||
| 民間企業 | 大倉土木 | 1913 | 入社 | ||
| 戸田建設 | 1913 | 初代戸田利兵衛の養子として戸田家に入る | |||
| 1917 | 養父から店の経営一切を任される | ||||
| 1920 | 二代戸田利兵衛を襲名 | ||||
| 1936 | 取締役社長 | ||||
| 1961 | 社長 退任 | ||||
社長就任までの出自
出自
1886年1月、茨城県西茨城郡北山内村の農家・富田家の三男として生まれた。1913年に東京帝国大学の建築学科を卒業して大倉土木に入社したが、在籍は3カ月余りにとどまった。在学中から建築家の中條精一郎氏に勧められていた戸田組の創業者・初代戸田利兵衛氏の養子の話を受け、同年12月に戸田家へ入った。施工の現場ではなく、大学で建築の設計と技術を学んだ人である。
社長に選ばれた経緯
抜擢
入籍の翌年には上野の大正博覧会で施設の8割方を受注し、1915年にはサンフランシスコのパナマ太平洋万国博覧会で日本出品陳列館の工事を率いた。1917年1月に養父から店の経営を一切任され、1920年7月に初代が69歳で死去すると、同年10月に二代戸田利兵衛を襲名した。1936年7月に個人経営の戸田組を資本金200万円の株式会社に改め、その初代の社長に就任した。株式会社となってからの第2代社長は長男の戸田順之助氏である。
中興ストーリー
中興ストーリー
業績貢献
戸田利兵衛氏:在任中の業績貢献
在任中の施策は、組織の近代化と事業領域の拡大の2本であった。1936年の株式会社化の後、1940年9月には社報を創刊し、増加した社員への伝達の手段とした。1936年には日鉄釜石製鉄所の突堤という未経験の海中土木工事を落札し、建築中心の組に港湾の実績を加えた。戦後は1949年10月に建設業法による建設大臣登録を受け、1956年4月には大成建設で土木を学んだ二男の戸田守二氏を迎えて土木部門を再建させた。1961年5月、創業80周年に合わせて会長に就任し、社長を戸田順之助氏に譲った。
売上高:1956年3月期〜1966年3月期
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| 決算期 | 在任 | 売上高 | 前期比 | 営業利益率 | ROE | 主な施策 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1956年3月期 | 71億円 | — | — | — | 土木部門の新設 | |
| 1957年3月期 | 90億円 | +26.8% | — | — | ||
| 1958年3月期 | 114億円 | +26.7% | — | — | 研究室の設置 | |
| 1959年3月期 | 126億円 | +10.5% | — | — | ||
| 1960年3月期 | 155億円 | +23.0% | — | — | ||
| 1961年3月期 | 196億円 | +26.5% | — | — | ||
| 1962年3月期 | 231億円 | +17.9% | — | — | ||
| 1964年3月期 | 285億円 | — | — | — | ||
| 1965年3月期 | 375億円 | +31.6% | — | — | ||
| 1966年3月期 | 420億円 | +12.0% | — | — |
参考文献2件
参考文献
- 私の履歴書 経済人20「戸田利兵衛」(1986年刊・日本経済新聞 1981年2月連載)
- 戸田建設九十年略史(戸田建設、1972年)
事実根拠:出所(戸田建設)