ミツウロコグループHDの歴史
沿革
1886年に田島達策氏が開業したカネイチ運送店が起源。
1910年に石炭販売へ参入し、1959年からLPガスを本格的に扱って家庭の燃料転換を担った。LPガスなどのエネルギー事業を主力に不動産も営むグループで、2025年3月期の売上高は3,397億円。
創業期
1886年〜田島達策氏のカネイチ運送店の開業
- 田島達策氏がカネイチ運送店を開業[1]
- 新町駅前の塩納屋を買い運送店を開業[2]
- 田島達策氏が三鱗運送店東京支店の経営を承継[1]
- 会社組織とし三鱗に商号変更[2]
売上高
- 売上高
ミツウロコグループホールディングス売上高—
転換期
1910年〜石炭販売業への参入と三鱗石炭への改組
- 石炭販売業に参入[3]
- 三鱗石炭に改組[1]
- 三井物産との資本提携で三鱗煉炭原料を設立[3]
- 三鱗無煙炭に商号変更[3]
売上高
- 売上高
ミツウロコグループホールディングス売上高—
成長期
1948年〜三井物産系列の解消と石油製品・不動産賃貸への参入
- 集中排除法の適用で三井物産および姉妹会社との系列を解消[1]
- 三井物産との系列を解消[3]
- LPガスの取り扱いを開始[1]
- 石油製品の取り扱いを開始[3]
- 熱田工場で豆炭の製造を開始[1]
- LPガスの全社的な取り扱い開始を決定[1]
- 不動産賃貸業を開始[3]
売上高
- 売上高
ミツウロコグループホールディングス売上高—
成長期
1959年〜LPガスの本格取扱いとミツウロコへの改称
- LPガスの本格的な取り扱いを開始[3]
- 府中・名古屋・伊勢崎にLPガスプラントを設置[1]
- 名古屋オートガススタンドを開設[1]
- 東京・扇橋に豆炭工場を設置[1]
- 東京煉炭など5社を吸収合併[3]
- ミツウロコに商号変更[3]
- 東京証券取引所市場第二部に上場[3]
- SS部門を分離しミツウロコ石油を設立[1]
- ハマボールを設立[3]
- 東京証券取引所市場第一部に指定替え[3]
- LPガス供給センターシステムを開発[3]
- 販売支援システムCOSMOSを発売[1]
- 地域小売会社をミツウロコガスに商号変更[1]
- 八王子と成田にサラダガスを設立[1]
- 天津に合作でLPガス容器検査会社を設立[1]
- 各地のミツウロコ流通とミツウロコガスを合併し地域サービス会社を設立[1]
売上高
- 売上高
ミツウロコグループホールディングス売上高—
転換期
1998年〜ゼネラル石油・エッソ石油からのLPガス譲受と持株会社化
- 民生用バルク供給システムが稼働[1]
- 群馬県伊勢崎市にミツウロコ技術研修センターが完成[1]
- ゼネラル石油とエッソ石油からLPガスの営業を譲受[3]
- 合弁でエムアンドディーグリーンエネルギーを設立[3]
- 三協ミツウロコを設立し和歌山に拠点を開設[1]
- ミネラルウォーター事業に参入[3]
- 山中湖工場を新設[3]
- 岩国ウッドパワーを子会社化[3]
- 会社分割により持株会社体制に移行[3]
- ミツウロコグループホールディングスに商号変更[3]
- カールスジュニアジャパンを設立[3]
- ココストアリテールを完全子会社化[3]
- サンユウを完全子会社化[3]
- 東京電力エナジーパートナーと業務提携し都市ガスの販売を開始[1]
- 海外子会社Triforce Investmentsを設立[1]
- 投資有価証券の一部売却を決議[4]
- イービーエムとの合弁会社ミツウロコEBMを設立[1]
- SunPro Energiesと業務提携[1]