決断
ハードと一体で売る方式をやめ、他社のハードでも動く安価なソフトへ主力を移した。1987年6月に店頭登録した後、円高で家電大手が設備投資を絞り、図研は値引きの要請に応じざるを得ず、売上の伸びは前期比10.8%から6.4%へ鈍った。そこで1988年1月、各社のハードで動き、従来の「CR-2000」より安い「CR-3000」を投入した。かつてはOEMのハードに自社ソフトを載せて売り、ハードが売上の6割前後を占めていたが、1991年10月期の見込みではソフトが55%と過半を占めるに至った。
ハードと一体で売る方式をやめ、他社のハードでも動く安価なソフトへ主力を移した。1987年6月に店頭登録した後、円高で家電大手が設備投資を絞り、図研は値引きの要請に応じざるを得ず、売上の伸びは前期比10.8%から6.4%へ鈍った。そこで1988年1月、各社のハードで動き、従来の「CR-2000」より安い「CR-3000」を投入した。かつてはOEMのハードに自社ソフトを載せて売り、ハードが売上の6割前後を占めていたが、1991年10月期の見込みではソフトが55%と過半を占めるに至った。
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