岡田辰三
GSユアサ・元取締役社長
(敬称略) 生年月日 —
学歴 京都帝国大学工学部工業化学科
出自 —
- 出自
- 1921年3月に京都帝国大学工学部工業化学科を卒業し、1940年6月から京都大学工学部教授を務め、工学部長と教養部長を歴任した。1958年8月に京都大学を定年退官して名誉教授となり、同年9月に日本電池の顧問へ迎えられた。工業化学を修めた研究者から転じた経営者で、社内で職歴を重ねた生え抜きではない。
- 抜擢
- 顧問に迎えられた翌年の1959年11月に取締役、1960年5月に常務取締役、1961年4月に取締役副社長と進み、同年11月に取締役社長へ就いた。前任の山岡景範氏は1946年2月から15年余り社長を務め、同じ1961年11月に取締役会長へ移っている。山岡氏も1912年7月に京都帝国大学工学部電気工学科を出ており、取締役には元京都大学総長の鳥養利三郎氏も名を連ねていた。京都大学との人のつながりを踏まえた登用だったとみられる。
- 施策
- 在任13年のあいだに、製品分野ごとの事業部が順に置かれた。1962年5月に照明事業部、1965年4月に電気機器事業部が現れ、1969年2月には産業電器事業部長・電池生産事業部長・自動車電池販売事業部長と研究所長が一斉に発令されている。1975年1月に取締役会長へ退き、後任には1939年入社の坂田基重氏が就いた。
- 評価
- 執筆予定
就任前-
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献経歴・学歴・出身地の裏づけに当たった資料
- 日本企業要覧 1973年版 経歴・学歴・出身地・生年・出自
- 日本企業要覧 1976年版 経歴
- 『思い出抄』岡田辰三 著(京都、1982年) 読み
- 座談会「電気化学の現状と今後のあり方――岡田辰三先生を囲んで」電気化学および工業物理化学 40巻1号(1972年) 。出席者の肩書は「元会長、日本電池(株)社長、京都大学名誉教授」 読み