決断
手差しの小型機から出発し、自動機へ移る判断で印刷機械メーカーの地位を確立した会社である。1926年、会社は石版機械の需要減少を見込んでオフセット機の試作に着手し、1928年10月に第1号機を完成させた。戦時中は1938年7月の商工省令で新台の製造を禁じられ、1939年から陸軍の野戦速刷機を納めた。戦後の1950年、印刷局の自動2色機の入札には自動機の実績がなく参加できなかった。そこで専務の小森善一氏の主導で篠原機械製作所の工場を買収し、1950年1月に足立工場を開設した。足立工場は同年12月に全自動機OKLを完成させ、自動機メーカーへの転換の起点となった。