リョービの決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

親工場の注文で始めた鋳造を、得意先を自ら開拓して続けた会社である。1945年8月の終戦で三菱電機福山工場との関係が切れると、厨房の品から家具の引手・戸車へ移り、1946年6月ごろから電機・車輛・紡績機械の部品へ進んだ。朝鮮動乱中には休戦後の不況を見越して関西へ営業に出て、1954年3月にはプラスチック部門も設けた。1957年7月に鋳造第3工場を建設してスイスのビューラー社へ鋳造機を発注し、その資金のため1960年に資本金を2億円へ増資した。広島証券取引所への上場は、50年史の年表が1960年6月1日、あゆみが9月1日払込みの増資の発表を機と記す。

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