日本カーボンの歴史
沿革
1915年に設立され、1927年に国内初の人造黒鉛電極の製造に成功した炭素メーカーが起源。
1962年に炭素繊維「カーボロン」を工業化し、1983年には炭化けい素連続繊維「ニカロン」の生産を開始した。人造黒鉛電極やリチウムイオン電池用負極材を主力とする炭素製品メーカーである。
創業期
1915年〜日本カーボンの設立と横浜山手工場の新設
- 日本カーボンを設立[1]
- 横浜山手工場を新設[2]
売上高
- 売上高
日本カーボン売上高—
成長期
1927年〜国内初の人造黒鉛電極と原子炉用黒鉛の技術確立
- 国内初の人造黒鉛電極の製造に成功[3]
- 電動機用電刷子を工業化[3]
- 山梨工場を新設[3]
- 富山工場を新設[3]
- 横浜海岸工場を新設[3]
- 不浸透黒鉛「レスボン」を工業化[3]
- 東京証券取引所に上場[2]
- 原子炉用黒鉛の技術を確立[3]
売上高
- 売上高
日本カーボン売上高—
成長期
1962年〜炭素繊維「カーボロン」の工業化と「ニカロン」の生産開始
- 炭素繊維「カーボロン」を工業化[3]
- 滋賀工場を新設[2]
- ロータリーエンジン用アペックスシールを工業化[3]
- 高強度・高弾性炭素繊維「カーボロン-Z」を発売[3]
- 可とう性黒鉛シール材「ニカフィルム」を発売[3]
- 「ニカロン」の製造技術確立に向け新技術開発事業団から開発受託[3]
- 炭化けい素連続繊維「ニカロン」の生産を開始[3]
- デミング賞実施賞を受賞[3]
- 繊維状活性炭の販売を開始[3]
- 白河工場を新設[3]
- 「ハイニカロン」の工業化に向け新技術事業団から開発受託[3]
- 富山工場がISO9001認証を取得[3]
売上高
- 売上高
日本カーボン売上高—
成熟期
1994年〜リチウムイオン電池用負極材の発売とNippon Carbon Europeの設立
- リチウムイオン電池用負極材を発売[2]
- 超耐熱性炭化けい素連続繊維「ハイニカロン」を工業化[3]
- 富山工場・山梨工場・滋賀工場がISO14001認証を取得[3]
- 新日本カーボンを吸収合併[3]
- 特殊炭素製品事業を新日本テクノカーボンに承継[3]
- 日本カーボン・ローレンヌを設立[3]
- 直流電気炉用32インチ人造黒鉛電極の生産を開始[3]
- NGSアドバンストファイバーを設立[3]
- 創立100周年[3]
- KOGO Kornmeyer Graphi社を関連会社化[3]
- Nippon Carbon Europe GmbHを設立[3]
- 本社を中央区京橋から中央区八丁堀に移転[3]
- 中国にNippon Carbon Shanghaiを設立[3]
- 山梨工場を閉鎖[3]
- プライム市場に移行[3]