栄研化学の歴史
沿革
1939年に設立された興亜化学工業が起源。
1950年に「SS寒天培地」の製品化に成功し、2020年には新型コロナウイルス検出試薬の供給体制を構築した。細菌の培地や尿試験紙、免疫血清製剤などの臨床検査薬を主力とするメーカーで、米国や中国にも拠点を開設する。
創業期
1939年〜興亜化学工業の設立と田辺製薬の資本参加
- 家畜臓器を原料とした栄養食品・医薬品の製造販売を開始[1]
- 興亜化学工業を設立[2]
- 興亜栄養化学研究所に商号変更[3]
- 田辺製薬と販売契約を締結[2]
- 田辺製薬が資本参加[2]
- 日本栄養化学に商号変更[2]
売上高
- 売上高
栄研化学売上高—
成長期
1950年〜「SS寒天培地」の製品化と臨床検査薬部門の開設
- 細菌検査用製品を販売開始[1]
- 「SS寒天培地」の製品化に成功[3]
- 臨床検査の学術情報誌「モダンメディア」を創刊[1]
- 細菌薬剤感受性検査用試薬(ディスク法)を発売[1]
- 結核菌培養用培地「小川培地‘栄研’」を発売[1]
- 葛飾新工場を完成[1]
- 臨床検査薬部門を開設[3]
- 生化学検査用試薬を販売開始[1]
- 尿検査用試薬を販売開始[1]
- 血液培養用ボトル培地を発売[1]
- 野木工場を新設[3]
- ラテックス凝集法による免疫血清検査用試薬を発売[1]
売上高
- 売上高
栄研化学売上高—
成長期
1969年〜東金・那須工場による生産網の構築と東証二部上場
- 栄研化学に商号変更[3]
- 生培地「ポアメディア」を発売[1]
- ラジオイムノアッセイ(RIA)関連試薬を発売[1]
- 栄研イムノケミカル研究所が完成し業務を開始[1]
- 細菌同定用試薬を発売[1]
- 東金工場を新設[3]
- 本社新社屋が完成し業務を開始[1]
- 戸田研究所を開所[1]
- 酵素免疫測定法(EIA法・ELISA法)関連試薬を発売[1]
- 全自動免疫化学分析装置と専用試薬を発売[1]
- 那須工場を新設[3]
- 黒住忠夫氏が代表取締役社長に就任[1]
- 血糖自己測定用装置と試薬を発売[1]
- 便潜血検査用試薬を発売[1]
- 世界初の全自動便潜血用分析装置と専用試薬を発売[1]
- 野木工場に免疫血清製剤工場を新設[3]
- 東京証券取引所市場第二部に上場[3]
- 尿自動分析装置を発売[1]
- 生物化学研究所を新設[3]
- 黒住医学研究振興財団を設立[1]
- イムノクロマト法による便潜血検査用試薬を発売[1]
- 新規遺伝子増幅技術LAMP法の開発を発表[1]
- 便潜血測定装置「OCセンサーμ」を発売[1]
- 田辺製薬との販売契約を解消し臨床検査薬・装置を自社販売[1]
売上高
- 売上高
栄研化学売上高—
成熟期
2002年〜東証一部指定替えとEIKEN MEDICAL AMERICA設立による米国進出
- 東京証券取引所市場第一部に指定替え[3]
- LAMP法を用いた体外診断用医薬品を発売[1]
- 栄研生物科技(上海)有限公司を設立[3]
- 大塚製薬と業務提携・資本提携[1]
- 栄研器材を吸収合併[3]
- 本社を東京都台東区に移転[3]
- LAMP法リアルタイム濁度測定装置「LoopampEXIA」を発売[1]
- オランダ・アムステルダムに欧州事務所を開設[1]
- シスメックスと海外市場の尿検査事業で業務提携[1]
- HUMAN社とLAMP法による結核・マラリアの遺伝子検査薬・装置で販売提携[1]
- 野木工場の新製造棟で尿試験紙の生産を開始[3]
- 全自動核酸検査装置「Simprova」を発売[1]
- 新型コロナウイルス検出試薬の供給体制を整備[3]
- プライム市場に移行[3]
- 総合研究センターの業務開始[3]
- EIKEN MEDICAL AMERICA INC.を設立[3]
- 瀨川雄司氏が代表執行役社長に就任[4]
- アセット・バリュー・インベスターズの株主提案を定時株主総会で一部可決[4]
- 栄研生物科技(中国)の持分譲渡契約を締結[4]
- 納富継宜氏が代表執行役会長を退任[4]
- ニッポン・アクティブ・バリュー・ファンドの株主提案を定時株主総会で否決[4]
売上高経常利益率
- 売上高
- 売上原価
- 販管費
- 営業利益
- 経常利益率
栄研化学2026年3月期売上高419億円売上高経常利益率6.7%