組織改革・事業再編
14件組織改革・事業再編
14件組織改革・事業再編の記録には、日本の産業政策と企業法制の変遷が色濃く反映されている。組織の「形」を変える判断は経営者の自由意思であると同時に、法制度が開く選択肢と時代の支配的な経営思想によって強く方向づけられてきた。
戦後日本で最初に普及した組織改革は「事業部制」の導入であった。1930年代に萌芽が見られたこの仕組みは、高度成長期に多くの大企業が多角化を進める中で爆発的に広がった。当時の経営書や経営コンサルタントが事業部制の利点を喧伝し、一社が導入すると同業他社が追随する「横並び」の導入ブームが業種を問わず生じた。このパターンは後のカンパニー制ブーム、持株会社化ブームでも繰り返されており、組織改革にも「流行」が存在し、その流行がときに企業固有の事情とは無関係に広がることを示している。
1990年代後半の持株会社解禁(1997年独禁法改正)は、組織改革の選択肢を劇的に広げた構造的転換点であった。戦後GHQによって禁止されていた純粋持株会社が解禁されたことで、事業子会社の独立性を高めながらグループ全体を統括する新しい組織形態が可能になった。2000年代に持株会社化が「ブーム」となったのは、この法改正と、バブル崩壊後の「選択と集中」という経営トレンドが合流した結果である。
「選択と集中」というフレーズ自体が2000年代の日本の経営を支配した一つのイデオロギーであった。GEのジャック・ウェルチが提唱した「No.1 or No.2戦略」が日本に輸入され、多角化の見直しと非中核事業の分離・売却が経営の「正解」として広く受容された。この風潮のもとで、事業部制の廃止やカンパニー制への移行、親会社からの分離独立が相次いだ。しかし30年の間隔で事業部制の導入と廃止が記録されている事例が示すように、多角化時代と集中時代で求められる組織形態は根本的に異なり、「選択と集中」が常に正解とは限らないことも歴史は記録している。
巨大組織の意思決定速度の問題は、時代を超えた構造的課題として繰り返し登場する。車種群ごとの独立カンパニー設置は「大きいまま速く動く」ための一つの回答であり、権限委譲と自律性の確保を両立させる組織設計の試みである。IT企業が数年単位で組織を再編し「組織を固定しない」ことを生存条件としている一方、伝統的製造業が数十年単位で組織形態を変遷させるという対比は、事業環境の変化速度が組織変革の頻度を規定するという原則を示している。
注目すべきは、組織改革が自社内で完結しないケースの増加である。単独での組織改革に限界が生じ、最終的に同業他社との経営統合に至る事例は、一社の組織改革が業界全体の再編へと発展する構造を示している。非中核事業を業界統合に委ねて本業に集中する判断も、自社のポートフォリオ最適化と業界構造の最適化を同時に進めるものであり、組織の境界線が自社の内部に限定されなくなっている時代の反映である。
2020年代の組織改革は、DXとESGという二つのメガトレンドに規定されつつある。デジタル技術を事業の中核に据えるためのCDO設置やDX専門組織の新設、サステナビリティ経営を実装するための組織再編は、かつての事業部制導入やカンパニー制移行と同じ構造——新しい経営課題に対応するために組織を作り変える——の最新版である。
組織改革の記録が一貫して教えるのは、最適な組織形態は常に変化するということだ。ある時代の「正解」は次の時代の「足枷」になりうる。組織を変え続ける能力こそが、長期的な企業の生存と成長を支える基盤である。