東海東京フィナンシャルHDの歴史
沿革
1929年に設立された高山商店が起源。
2000年に東海丸万証券と合併して東海東京証券となり、2007年からは山口フィナンシャルグループなど地方銀行と合弁証券会社を設立した。名古屋に本店を置く東海東京証券を中核とする証券持株会社。
創業期
1929年〜高山商店の設立と六鹿証券への改称
- 高山商店設立[1]
- 東京株式取引所の一般取引員免許を取得[1]
- 日本証券取引所の取引員免許を取得[1]
- 六鹿証券に商号変更[1]
- 証券取引法による証券業者登録[1]
- 東京・大阪両証券取引所の正会員に登録[1]
売上高
- 売上高
東海東京フィナンシャル・ホールディングス売上高—
成長期
1961年〜小山証券などの合併と名証一部上場
- 小山証券と合併[1]
- 六鹿商店と合併[1]
- 証券業の免許を取得[1]
- 東京証券に商号変更[1]
- 遠山證券と日興證券投資信託販売を合併[1]
- 扶桑証券と合併[1]
- 東京証券取引所・大阪証券取引所第二部に上場[1]
- 東京証券取引所・大阪証券取引所第一部に指定替[1]
- 名古屋証券取引所第一部に上場[1]
- 証券会社の登録制移行に伴い証券業を登録[1]
売上高
- 売上高
東海東京フィナンシャル・ホールディングス売上高—
転換期
2000年〜東海丸万証券合併による東海東京証券の発足とワイエム証券設立
- 東海丸万証券と合併[1]
- 東海東京証券に商号変更[1]
- 東海東京ファイナンス&リアルエステートを設立[1]
- 東海東京インベストメントを設立[1]
- 東海東京証券ヨーロッパを設立[1]
- 東海東京SWPコンサルティングを設立[1]
- 山口フィナンシャルグループと共同出資でワイエム証券を設立[1]
- 東海東京証券アメリカを設立[1]
- 広島支店と下関支店を会社分割でワイエム証券へ承継[1]
- 浜銀TT証券準備を設立[1]
- 東海東京ビジネスサービスを設立[1]
- 東海東京証券分割準備を設立[1]
- 浜銀TT証券を横浜銀行との合弁会社に変更[1]
転換期
2009年〜持株会社体制への移行とエース証券・丸八証券の子会社化
- 会社分割により持株会社体制へ移行[1]
- 東海東京フィナンシャル・ホールディングスに商号変更[1]
- 西日本シティTT証券準備を設立[1]
- トヨタファイナンシャルサービス証券の全株式を取得[1]
- 東海東京証券の本店を名古屋市に移転[1]
- 東海東京証券がトヨタファイナンシャルサービス証券を合併[1]
- 西日本シティTT証券を西日本シティ銀行との合弁会社に変更[1]
- 東海東京アセットマネジメントが発足[1]
- 東海東京シンガポールを設立[1]
- 池田泉州TT証券準備を設立[1]
- ほくほくTT証券準備を設立[1]
- 髙木証券の株式を取得[1]
- 十六TT証券設立準備を設立[1]
- お金のデザインの株式を取得[1]
- 東海東京証券が髙木証券を合併[1]
- 3.0証券準備(現CHEER証券)を設立[1]
- エース証券と丸八証券を連結子会社化[1]
- 東京証券取引所プライム市場へ移行[1]
- 東海東京証券とエース証券が合併[1]
- 買収防衛策を廃止[2]
- 東海東京アセットマネジメントを持分法適用関連会社化[1]
- 東海東京調査センターと東海東京アカデミーが合併[1]
- ピナクルの全株式を譲渡[1]
- 東海東京証券がTTソリューションを合併[1]
- 春日井博氏が社長に就任[3]