決断
相場を張らず、客から証拠金を取り立てる堅実さで店を残してきた会社である。1925年に店主が急死したとき、店は解散するのが当然の個人経営で、残る資産は甘く見積もっても5万円ほどだった。それでも支配人の長尾秀一氏は、店の信用と客の預かり株を守るために営業を継ぎ、有力業者3名の後援の誓約を得て長尾秀一商店を立てた。継承後は信用のある客にも証拠金を納めさせ、納めない客とは売買しなかった。1930年代の軍需インフレ相場でも店主が自ら相場を張らず、台湾の大口客が砂糖株の注文をほぼこの店だけに出すほどの信用を得た。1943年の日本証券取引所法が個人取引員の法人化を求めたため、店は1944年に丸三証券へ移った。