マニーの歴史
沿革
1956年に栃木県高根沢町で創業した松谷製作所の縫合針製造が起源。
1961年に世界初の18-8ステンレス縫合針の製造に成功し、のち歯科用リーマ・ファイルや眼科ナイフへ品目を拡充した。ベトナムなどに生産拠点を有する、手術用縫合針・眼科ナイフ・歯科用治療器の専門メーカーである。
創業期
1956年〜松谷製作所の創業と世界初の18-8ステンレス縫合針
- 栃木県高根沢町で松谷製作所を創業[1]
- 18-8ステンレスアイド縫合針の製造を開始[1]
- 松谷製作所を設立[1]
- 世界初の18-8ステンレス縫合針の製造に成功[2]
売上高
- 売上高
マニー売上高—
成長期
1967年〜アイレス縫合針と歯科用クレンザー・ブローチへの多角化
- アイレス縫合針の製造販売を開始[1]
- レーザー・ドリルド・アイレス針の開発に着手[2]
- 歯科用クレンザー・ブローチの製造販売を開始[1]
- 歯科用リーマ・ファイルを開発[2]
- 歯科用ダイヤバーを発売[2]
- 眼科ナイフの開発に成功[2]
- 外科手術用ステイプラーを発売[2]
- 清原工業団地に清原工場を新設[1]
売上高
- 売上高
マニー売上高—
成長期
1996年〜マニーへの商号変更とMANI-MEINFA設立によるベトナム進出
- ベトナムを中心とした東南アジアへの生産移管を開始[2]
- マニーに商号変更[1]
- ベトナムに合弁でMANI-MEINFA CO., LTD.を設立[1]
- 眼科ナイフを発売[2]
- マイクロテクノを合併[1]
- MANI YANGON LTD.を設立[1]
- 日本証券業協会に株式を店頭登録[1]
- ベトナムにMANI HANOI CO., LTD.を設立[1]
- 委員会等設置会社に移行[1]
- ジャスダック証券取引所に株式を上場[1]
- MANI VIENTIANE CO., LTD.を設立[1]
- ベトナムに販売子会社を設立[2]
売上高
- 売上高
マニー売上高—
安定成長期
2011年〜東証一部指定とドイツの歯科材料メーカー2社の買収
- 東京証券取引所市場第二部に上場[1]
- 大阪証券取引所JASDAQの上場を廃止[1]
- 東京証券取引所市場第一部に指定[1]
- GDF買収により歯科用コンポジットレジンの取扱いを開始[2]
- ドイツの歯科材料メーカー2社を買収[1]
- ベトナムにフーエン第2工場を新設[1]
- Schütz Dental GmbHの全株式を譲渡[1]
- 歯科用NiTiファイルの製造販売を開始[1]
- 東京証券取引所プライム市場に移行[1]
- 眼科手術用の硝子体鑷子の製造販売を開始[1]
- MANI MEDICAL GERMANYの新工場が竣工[1]
- 花岡工場の建設を開始[3]
- MANI MEDICAL DEVICE MALAYSIAの本格稼働に向けた準備が完了[4]
- MMAを設立[5]
- 欧州で自社ブランドの歯科用修復材を発売[6]
- 花岡工場が竣工[1]
売上高経常利益率
- 売上高
- 売上原価
- 販管費
- 営業利益
- 経常利益率
マニー2025年8月期売上高300億円売上高経常利益率27.7%