酉島製作所の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

鉱山会社の一部門から、ポンプの専業会社として独り立ちした会社である。1928年の独立は、金融恐慌に見舞われた藤田組の事業再編によるもので、工場の側から求めた分離ではなかった。独立後の大きな判断は高槻市への移転で、1941年8月に資本金を150万円へ増やし、同年12月に本社と工場のすべてを此花区から移した。新しい設備で増加する需要に応えるためだった。戦後は炭鉱向けと農事向けのポンプで受注が戻り、1948年5月に資本金を800万円へ増やした。一方で悪性インフレが材料費と人件費を押し上げ、経営は混迷に陥った。

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