買収・M&A
1992

ダイエーがリクルートの株式を取得

歴史的意義
455億円で売り、1000億円で買い戻した「独立の代償」

江副氏が保有株35.2%をダイエーに455億円で売却し、リクルートはダイエーの関係会社となった。非上場企業における大口株式の移動であり、経営陣との合意なく進められたため社内対立を招いた。2000年前後にダイエーが経営危機に陥ると、リクルートは25.2%を約1000億円で買い戻し、残り10%も2006年までに処理した。売却額455億円に対し買戻し総額は約1550億円となり、独立回帰に要したコストの大きさが際立つ。

背景

創業者株式処理の難題

1988年のリクルート事件後、創業者である江副浩正は経営の第一線を退いたが、依然として大量の株式を保有していた。リクルートは非上場企業であり、株式の流動性が乏しかったため、創業者が持分を処分する場合、その引受先の選定は会社の支配構造に直結する重大な問題となった。

さらに、不動産事業の負債問題や社会的信用の毀損が残る中で、資本の安定化は急務であった。銀行管理下に置かれる可能性も議論される状況下で、創業者の持株処理は単なる個人の資産売却ではなく、リクルートの将来の独立性を左右する資本政策上の課題であった。

決断

ダイエーへ三五%売却

1992年、江副氏は自ら保有していたリクルート株式35.2%を大手小売業ダイエーへ売却した。売却額は約455億円とされ、この結果リクルートはダイエーの関係会社となった。非上場企業における大口株式の移動は、経営権の帰趨に影響を及ぼす重大な転換であった。

しかし、この売却は現経営陣との十分な合意形成を経ずに進められたため、後任社長の位田氏との間で深刻な対立が生じた。独立路線を志向する経営陣と、ダイエーとの連携を容認する創業者の立場は交わらず、資本構造を巡る緊張関係が社内外に広がった。

結果

買戻しで独立回帰へ

ダイエーの資本参加は一時的に安定株主を得た形となったが、両社の経営方針は必ずしも一致しなかった。その後、2000年前後にダイエーが経営危機に陥ると、リクルートは資本関係の整理に着手し、約1000億円で25.2%を買い戻した。

残る約10%の株式も2006年までに金融機関などへ売却され、ダイエーとの資本関係は解消された。こうしてリクルートは再び独立経営に回帰し、資本構造の整理を経て、のちの株式上場へと向かう基盤を整えることになった。

日経ビジネス 1992/7/27
1992年ごろの当事者の証言
ダイエーへの株式売却は・・ 江副氏:リクルートが銀行管理下に置かれるよりも、ダイエーグループ入りした方が従業員にとって幸せと考えた。 位田氏:銀行管理下に置かれる状況に至っていない。リクルートグループは自主再建できる。株式売却は株主の一人がダイエーに代わっただけのことに過ぎない。 グループ再建について 江副氏:リクルート、リクルートファイナンスは兄弟関係にあるのだから、仲良く協力して再建に取り組んでほしい 位田氏:債務保証はしていないし、法的に面倒を見なければいけないという義務はない。役員会の了承を得て、リクルートにとってマイナスにならない範囲で支援する。 ダイエーとの人材交流について 江副氏:親戚となった以上は、例えばリクルートコスモスの社員が出向しても良いと思う 位田氏:こちらから人を出す気はないし、ダイエーからも役員以外の派遣もあり得ない
経営統合に関連する時系列
  1. 創業者の江副氏がリクルートの株式を保有
  2. ダイエーが江副氏からリクルートの株式約35%を取得
  3. ダイエーからリクルートの株式約25%取得
  4. ダイエーがリクルートの株式約10%を売却
  5. リクルートが株式上場