エイチワンの歴史
創業期
1939年〜平田工業の設立とヒラタランプの製造販売
- 平田工業を設立[1]
- 本社を東京都足立区に移転[1]
- ヒラタランプの製造販売を開始[1]
売上高
- 売上高
エイチワン売上高—
成長期
1952年〜本田技研工業向けオートバイ部品の生産と自動車フレーム部品の受注
- 本田技研工業向けのオートバイ・スクーター部品の生産を開始[1]
- 平田プレス工業に商号変更[1]
- 本郷製作所の設立[1]
- 前橋製作所を新設[1]
- 亀山製作所を新設[1]
- 本田技研工業から自動車用フレーム部品を受注[1]
- 本郷製作所が郡山事業所を設置[1]
- 亀山に大型プレス工場を新設[1]
売上高
- 売上高
エイチワン売上高—
成長期
1984年〜KTH Parts Industries出資による海外進出と店頭登録
- KTH Parts Industries, Inc.の設立に資本参加[2]
- 前橋製作所の溶接工場を改築[1]
- ヒラタに商号変更[1]
- 本郷製作所が本郷に商号変更[1]
- 本郷が鳥山事業所を設置[1]
- 日本証券業協会に店頭登録[1]
- HIRATA PARTS (THAILAND) CO., LTD.の設立に資本参加[2]
- Kalida Manufacturing, Inc.を設立[2]
- KTH Shelburne Manufacturing, Inc.を設立[2]
- 技術情報センターを設置[1]
- 本郷がニューデリーにホンゴウ・インディアを設立[1]
- KTH Leesburg Products, LLC.を設立[2]
- 本郷が日本証券業協会に株式を店頭公開[1]
- 太田工場を設置[1]
- 広州愛機汽車配件有限公司を設立[1]
- ジャスダック証券取引所に上場[1]
- 武漢愛機汽車配件有限公司を設立[1]
- ヒラタと本郷が合併で基本合意[1]
売上高
- 売上高
エイチワン売上高—
転換期
2006年〜本郷合併によるエイチワンの発足と国内部品事業の減損
- 本郷と合併[1]
- エイチワンに商号変更[1]
- 開発技術部門を福島県郡山市に集約[1]
- 試作部門を栃木県那須烏山市に集約[1]
- H-ONE Parts Sriracha Co., Ltd.を設立[1]
- ジーテクトとの合弁でG-ONE AUTO PARTS DE MEXICOを設立[1]
- 虹技などとの合弁でインドネシアに製造会社を設立[2]
- 湖南工場を新設[1]
- 東京証券取引所市場第二部に上場[1]
- 東京証券取引所市場第一部に指定替え[1]
- 東風愛機汽車プレス部品有限公司を設立[1]
- 豊後高田工場を新設[2]
- 広東省に肇慶愛機汽車配件有限公司を設立[1]
- プライム市場に移行[1]
- 武漢愛機新能源汽車有限公司を設立[1]
- 国内部品事業で減損損失を計上[3]
- インドの事業をBelrise Industriesに譲渡[1]
- 米国にKTH TEXASを設立[3]
- 本社をさいたま市大宮区内の現住所に移転[1]
- 肇慶愛機汽車配件が清算結了[3]
- 試作部門・開発技術部門を群馬県前橋市に移転集約[1]
売上高当期純利益率
- 売上高
- 売上原価
- 販管費
- その他費用
- 営業利益
- 当期純利益率
エイチワン2026年3月期売上高2,097億円売上高当期純利益率5.2%
| 就任年 | 社長氏名 | 役職名 |
|---|---|---|
| 2011年 | 金田敦 | 代表取締役社長→代表取締役 社長執行役員 |
| 真弓世紀 |