三菱レイヨン:減量経営による累積赤字の一掃とMMA・炭素繊維への傾斜
1982年〜原料を確保するためのイソブチレン直酸法
構造不況を抜けた三菱レイヨンが掲げたのは"収益第一主義"で、具体的な指標は1株当たり税引後利益20円、すなわち毎年資本金と同額程度の経常利益を出すことだった。市況の波を受けにくい体質に変えるため、繊維と樹脂の高付加価値化、非繊維事業の拡充、コストダウン、原料対策、財務体質の改善という5つを挙げた。大竹工場のボイラーを重油専焼から石炭混焼へ18億円かけて転換し、豊橋工場は重油をLNGに替えた。年間1,000億円近い原燃料を使うため、1%安く買えれば10億円の利益になるという算段だった。
- 証券アナリストジャーナル 1982年20巻4号
- [1]当社の経営の基本は「収益第一主義」である。具体的には1株当たり税引後利益を20円、経常利益を資本金と同額程度あげていく方針である
- [2]当社は年間1,000億円に近い原燃料を使うので、1%安く入手しても10億円のプラスになる
原料対策のうち、最も後に効いたのがMMAモノマーの製法転換である。従来のACH法はアクリロニトリル製造の副産物である青酸を原料に使うため、増産しようにも原料の確保に限界があった。三菱レイヨンは世界に先がけてイソブチレンの直接酸化法を開発し、約100億円を投じて年産4万トンの工場を大竹に建設、1982年夏に完成させる。必要なら同業他社にも融通する、というのが当時の説明だった。この設備を常務時代に決めたのが永井彌太郎氏で、1988年に社長へ就任した時点では、それが収益源になっていたと日経ビジネスは書いている。
- 証券アナリストジャーナル 1982年20巻4号
- [3]MMAモノマーについてはANの副産物である青酸からのACH法では原料確保に限界があり、当社は世界に先がけてイソブチレン直酸法を開発し、約100億円かけて年産4万トンの工場を大竹に建設中であり、本年夏完成する(1982年3月の講演時点では建設中で、完成は予定。竣工の確認は資産外)
- 日経ビジネス 1988年10月10日号
- [4]常務時代に決めたアクリル樹脂(MMA)の新合成設備は、現在の収益力の柱になっている
参考文献[1]-[4]
- 証券アナリストジャーナル 1982年20巻4号
- [1]当社の経営の基本は「収益第一主義」である。具体的には1株当たり税引後利益を20円、経常利益を資本金と同額程度あげていく方針である
- [2]当社は年間1,000億円に近い原燃料を使うので、1%安く入手しても10億円のプラスになる
- [3]MMAモノマーについてはANの副産物である青酸からのACH法では原料確保に限界があり、当社は世界に先がけてイソブチレン直酸法を開発し、約100億円かけて年産4万トンの工場を大竹に建設中であり、本年夏完成する(1982年3月の講演時点では建設中で、完成は予定。竣工の確認は資産外)
- 日経ビジネス 1988年10月10日号
- [4]常務時代に決めたアクリル樹脂(MMA)の新合成設備は、現在の収益力の柱になっている
1989年〜能力4分の1で東レに次いだ炭素繊維
1991年3月期、三菱レイヨンの炭素繊維部門の売上高は前年度比23%増の138億円となり、東邦レーヨンを抜いて東レに次ぐ2位に入った。競合から驚きの声が上がったのは、生産能力の差があまりに大きかったからである。同社の年産能力は500トンで、東邦レーヨンの2,020トン、東レの2,250トンに対して4分の1程度しかない。しかも市況は悪かった。米国防予算の削減で軍需が1989年比3分の1に減り、余った炭素繊維が一般産業用途になだれ込んで、1990年から市況は悪化の一途をたどっていた。
- 日経ビジネス 1991年7月8日号
- [5]1991年3月期の決算で、同社の炭素繊維部門の売上高は前年度比で約23%伸び、138億円となった。三菱レイヨンの売上高は、わずかながら東邦レーヨンを抜き、東レに次いで第2位に食い込んだのである
- [6]三菱レイヨンの炭素繊維の生産能力は年間500トン。東邦レーヨンの2020トンに比べると、その規模は4分の1程度
三菱レイヨンが成形品で売上の9割近くを上げ、輸出をほぼ手がけなかったのに対し、東レと東邦レーヨンは原糸が売上の半分超を占め、輸出への依存も大きかった。両者の差は、この販売構成の違いから生じていた。原糸やプリプレグに比べて付加価値の高い成形品を主軸としていたことが、市況悪化の打撃を小さくとどめた。技術面の支えもあり、名古屋の商品開発研究所、原糸を生産する豊橋事業所、本社の炭素繊維複合材料事業部に散らばる技術スタッフを製品別に組み直してチームをつくり、素材の選定から加工・評価までを一手に担わせていた。プリプレグを製品に加工する設備を持たない顧客からの注文を、この体制で次々と取った。
- 日経ビジネス 1991年7月8日号
- [7]このうち、三菱レイヨンは成形品で売り上げの90%近くを稼いだ。輸出はほとんど手がけていない。東レや東邦レーヨンは、原糸が売り上げの半分以上を占め、輸出比率が高いのと対照的だ
- [8]炭素繊維の加工技術を研究する商品開発研究所(名古屋市)、原糸を生産する豊橋事業所(愛知県豊橋市)、本社の炭素繊維複合材料事業部の技術スタッフが集まって、素材の選定から、加工、評価まで一手に引き受けた
国内で通用した戦略を、そのまま最大市場の米国へ持ち込む。1990年5月にプリプレグを製造販売する米ニューポート・コンポジット社を50億円強で買収し、社内公募で選んだ若手研究者を1人送り込んで成形技術を教えた。翌1991年6月には原糸を作る米コートルズ・グラフィル社を約20億円で買収し、設備能力を900トンへ増やした。単独で進出すればほぼ同額の投資が要るところ、米国市場の低迷で現地メーカーの収益が軒並み悪化していたため、半分以下の投資で済んだ。ただしコートルズ社は1990年度に赤字転落しており、黒字化の見通しは立っていなかった。
- 日経ビジネス 1991年7月8日号
- [9]まず90年5月、プリプレグを製造販売する米ニューポート・コンポジット社を50億円強で買収し第一歩を踏み出した。ニューポート社には、社内公募制度で選んだ若手研究者を1人派遣した
- [10]そのうえで今年6月、原糸を製造販売する米コートルズ・グラフィル社を買収した。同社の炭素繊維の年産能力は400トン。これで、三菱レイヨンは設備能力を一気に900トンに増やした計算だ。コートルズ社の買収額は約20億円
参考文献[5]-[10]
- 日経ビジネス 1991年7月8日号
- [5]1991年3月期の決算で、同社の炭素繊維部門の売上高は前年度比で約23%伸び、138億円となった。三菱レイヨンの売上高は、わずかながら東邦レーヨンを抜き、東レに次いで第2位に食い込んだのである
- [6]三菱レイヨンの炭素繊維の生産能力は年間500トン。東邦レーヨンの2020トンに比べると、その規模は4分の1程度
- [7]このうち、三菱レイヨンは成形品で売り上げの90%近くを稼いだ。輸出はほとんど手がけていない。東レや東邦レーヨンは、原糸が売り上げの半分以上を占め、輸出比率が高いのと対照的だ
- [8]炭素繊維の加工技術を研究する商品開発研究所(名古屋市)、原糸を生産する豊橋事業所(愛知県豊橋市)、本社の炭素繊維複合材料事業部の技術スタッフが集まって、素材の選定から、加工、評価まで一手に引き受けた
- [9]まず90年5月、プリプレグを製造販売する米ニューポート・コンポジット社を50億円強で買収し第一歩を踏み出した。ニューポート社には、社内公募制度で選んだ若手研究者を1人派遣した
- [10]そのうえで今年6月、原糸を製造販売する米コートルズ・グラフィル社を買収した。同社の炭素繊維の年産能力は400トン。これで、三菱レイヨンは設備能力を一気に900トンに増やした計算だ。コートルズ社の買収額は約20億円
1980年〜非繊維50%と、膜という第三の柱
非繊維化の比率は1975年の20%から1980年度に40%へ上がり、合繊9社の平均が1977年度27%から1983年度37%へ動くなかで、三菱レイヨンは50%に達している。旭化成の70%には及ばないが、鐘紡の41%は上回った。繊維から離れる先として同社が選んだのは、樹脂のほかに膜だった。多孔質の中空糸や膜を作る技術は、1982年の時点で人工肺やプラズマ・セパレーターなど医療用途の素材として説明されており、当時はガンやリューマチの治療向けに1,500億円規模の市場を見込んでいた。この技術は結果として、家庭用浄水器"クリンスイ"の形で先に大衆化した。
- 日本産業史 第3巻 繊維(日本経済新聞社、1994年)「繊維-繊維不況からDCブームへ」
- [11]合繊九社の非繊維部門の比率は、52年度の平均27%が、58年度には37%と一〇ポイントも上昇。なかでも旭化成は70%まで拡大、三菱レイヨン、鐘紡も各50%と41%に上昇した
- 証券アナリストジャーナル 1982年20巻4号
- [12]当社には多孔質の中空糸あるいは膜を作る技術があり、これを活用してゆく。素材売りとしてはポリプロピレンの中空糸は人工肺に非常に良く…人工臓器として最も期待できるものはプラズマ・セパレーターと人工肺である
参考文献[11]-[12]
- 日本産業史 第3巻 繊維(日本経済新聞社、1994年)「繊維-繊維不況からDCブームへ」
- [11]合繊九社の非繊維部門の比率は、52年度の平均27%が、58年度には37%と一〇ポイントも上昇。なかでも旭化成は70%まで拡大、三菱レイヨン、鐘紡も各50%と41%に上昇した
- 証券アナリストジャーナル 1982年20巻4号
- [12]当社には多孔質の中空糸あるいは膜を作る技術があり、これを活用してゆく。素材売りとしてはポリプロピレンの中空糸は人工肺に非常に良く…人工臓器として最も期待できるものはプラズマ・セパレーターと人工肺である
1980年〜1999年の業績
| 決算期 | 区分 | 売上高 | 経常利益 | 純利益 | 主な投資 | ||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 億円 | YoY | 億円 | 億円 | 利益率 | |||
| 1980年03月期 | 単体 | 1,691 | n/a | 55 | 59 | 3.5% | n/a |
| 1981年03月期 | 単体 | 1,876 | +10.9% | 47 | 24 | 1.3% | n/a |
| 1982年03月期 | 単体 | 1,988 | +6.0% | 55 | 25 | 1.3% | n/a |
| 1983年03月期 | 単体 | 1,984 | ▲0.2% | 58 | 23 | 1.2% | n/a |
| 1984年03月期 | 単体 | 2,160 | +8.9% | 84 | 31 | 1.4% | n/a |
| 1985年03月期 | 単体 | 2,210 | +2.3% | 105 | 48 | 2.2% | n/a |
| 1986年03月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1987年03月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1988年03月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1989年03月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1990年03月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1991年03月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1992年03月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1993年03月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1994年03月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1995年03月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1996年03月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1997年03月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1998年03月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1999年03月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
出所:会社年鑑
出典・参考
4件
- 日本産業史 第3巻 繊維(日本経済新聞社、1994年)「繊維-繊維不況からDCブームへ」
- 証券アナリストジャーナル 1982年20巻4号
- 日経ビジネス 1988年10月10日号
- 日経ビジネス 1991年7月8日号