資源市況に依存しない「双日らしさ」を掲げた非資源差別化戦略

上位商社との規模差をどう埋めるか——藤本昌義社長が掲げた「双日らしさ」と、植村幸祐社長が継いだカタマリ戦略

更新:

時期 2016年6月
意思決定者 藤本昌義・植村幸祐(社長)へ継承 社長
論点 非資源シフトと事業ポートフォリオの差別化
概要
2016年6月に社長へ就いた藤本昌義社長のもとで、双日が資源市況に左右されにくい非資源分野へ事業構成を傾け、上位商社との規模の差を機能と独自色で埋めようとした戦略。「他社と同じことをしていても意味がない」という「双日らしさ」を掲げ、ベトナムの食料・リテール、省エネ、水産などを積み上げた。2024年に社長を継いだ植村幸祐社長は、これを「カタマリ戦略」として引き継いだ。
背景
双日は2004年にニチメンと日商岩井の統合で発足し、1兆5000億円を超える有利子負債を抱えた財務再建に十年近くを費やした。2016年3月期の連結売上高は1兆6580億円、当期純利益は365億円で、資源権益と取扱高で先行する三菱商事・三井物産・伊藤忠商事とは収益力に差があった。資源市況の振れに左右される総合商社の収益構造から、距離を置く必要があった。
内容
藤本社長は大手五社との正面競合を避け、規模より機能を重んじる非資源分野へ投資を向けた。副業解禁・社内起業・ジョブ型雇用を商社で先んじて入れ、若手の新規事業を促した。植村社長は点在する事業を線から面、さらに塊へ束ねる「カタマリ戦略」を掲げ、中期経営計画2026で三カ年平均の当期純利益1200億円超・成長投資6000億円超・自己資本利益率12%超を目標に据えた。
含意
非資源分野の収益貢献は積み上がり、2023年3月期には当期純利益1112億円と発足以来の最高益を記録した。市況高騰の追い風も重なったが、資源価格が動いても一定の利益を保てる収益構造が数字に表れた。上位商社の背中を追う中堅商社から、独自色で稼ぐ企業への転換を図る現在の双日を形づくった判断といえる。
筆者の見解

規模を追わず、独自色で稼ぐという選択

双日の非資源差別化は、規模で上位商社に及ばない中堅商社が、資源市況の振れという総合商社共通のリスクからどう身を守り、どこで独自に稼ぐかという問いへの一つの答えであった。藤本昌義社長が掲げた「双日らしさ」は当初、輪郭のつかみにくい標語でもあったが、非資源分野の利益が積み上がり、発足以来の最高益となって表れたことで、実体を伴う路線へと変わっていった。規模を追う競争から降り、事業のつながりで稼ぐという選び方は、下位に置かれた商社が生き残るための現実的な解の一つとみることができる。

もっとも、この路線がどこまで通用するかは、なお見きわめの途中にある。非資源の利益を「実力として1000億円超」に育てるという目標は、資源市況の追い風を除いた地力で立てられるかを問う。植村幸祐社長が継いだ「カタマリ戦略」も、点在する事業を本当に一つの塊としてまとめ、上位商社に対抗しうる厚みを生めるかどうかで評価が定まる。ニチメンと日商岩井の統合、そして十年の財務再建を経た双日にとって、規模ではなく独自色で商社の存在意義を示せるかは、これからの十年が答えを出す課題として残っている。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

財務再建を終えて向き合った規模の差

双日は2004年にニチメンと日商岩井の統合で発足し、合併時点で1兆5000億円を超える連結有利子負債を抱えていた。銀行主導の統合であったため、事業の選別より財務と人員の圧縮を先に進めざるを得ず、発足からの十年近くは生き残りをかけた再建に費やされた。2012年に社長へ就いた佐藤洋二社長のもとで不採算事業の売却と資産圧縮が続き、有利子負債は2016年3月末に9200億円台まで下がった。守りを固め終えた双日に残ったのは、何を武器に稼ぐかという課題であった[1]

再建は資産を削るだけの作業ではなかった。大手商社と競合する領域を選んで売却する一方、競合しない機能性の高い事業は手元に残す原則が、2012年以降の事業整理を通じて固まった。旧ニチメンと旧日商岩井から受け継いだ多様な事業を、収益に貢献する塊へ絞り込む作業でもあった。この選別の経験が、のちに「双日らしさ」として掲げられる差別化路線の下地となり、規模で劣る双日がどこで戦うかという判断軸を社内に残した[2]

資源市況への依存と、非資源への傾斜

2016年3月期の双日は、連結売上高1兆6580億円、当期純利益365億円であった。総合商社としては中堅で、資源権益と取扱高で先行する三菱商事・三井物産・伊藤忠商事とは収益力に開きがあった。上位商社が資源権益からの利益で先行するなかで、同じ土俵に規模で挑む道は現実的でなかった。双日が生き残ってきたのは、大手が手を伸ばしにくい分野を選んで残してきたからで、その延長線上に非資源分野での差別化という選択があった[3]

総合商社の利益は、原油や石炭、鉄鉱石といった資源価格の上下に強く連動する。市況が高いときは資源部門が利益を押し上げる反面、価格が下がれば減損と赤字が一度に膨らむ。資源の取り分が相対的に小さかった双日にとって、非資源分野を厚くする戦略は、市況の振れに左右されにくい収益基盤づくりと重なっていた。規模の差を埋める差別化と、資源への依存を薄める安定化は、同じ非資源シフトが持つ二つの狙いであった[4]

決断

「他社と同じことをしていても意味がない」——藤本路線の非資源シフト

2016年6月、双日の社長に藤本昌義社長が就いた。藤本社長が示したのは、規模で先行する大手五社と正面から競り合う道を避け、双日にしかない強みで稼ぐという方針であった。「他社と同じことをしていても意味がない。双日らしさを出したい[5]」——就任後のインタビューでの言葉は、横並びの総合商社像との決別をはっきり示していた。資源価格に業績を委ねるのではなく、規模より機能を重んじる組織へ双日を作り替えるという意図が、この一言に凝縮されていた。

藤本社長の市場観は、巨大企業が市場を独占できなくなり、小さなすき間に新しいビジネスの機会が生まれている、というものであった。この見立てのもと、双日は副業の解禁、社内起業制度、ジョブ型雇用への移行を商社で先んじて取り入れ、若手が自ら事業を起こす土壌を整えた。投資先も、ベトナムの食料・リテール、省エネルギーサービス、水産といった非資源分野へ向けた。一件ごとの規模は小さくとも、周辺事業と束ねて価値を生む案件を選び、資源市況に左右されない収益の柱を育てようとした[6][7]

点を塊へ——植村社長が継いだカタマリ戦略

2024年6月、藤本社長の後を継いで植村幸祐社長が社長に就いた。藤本路線で蒔いた非資源の事業群を、植村社長は「カタマリ戦略」として束ね直した。「いくつか点在している事業を線にし、面にしていこうと。機械を売るだけでなく、機械を使った事業を創出したり、周辺事業をつないで、バリューチェーンをつないでいく」——点在する事業を線から面、さらに塊へまとめ、機械を売って終わりにせず、それを使う事業まで垂直に取り込む発想であった。個々は小粒でも、束ねれば大手に対抗しうる収益の塊になるという読みが、その根にあった[8]

植村社長は、2024年5月に公表した中期経営計画2026で、この戦略を数値へ落とし込んだ。三カ年平均の当期純利益を1200億円超、成長投資を6000億円超、自己資本利益率を12%超に置き、非資源分野の利益を実力として1000億円台へ引き上げる構想を示した。同時に、新規分野を既存事業から離れた「飛び地」にはしないと繰り返した。手がける事業の周辺へ塊を広げ、磨いた強みの延長で新領域へ進む——規模ではなく事業のつながりで稼ぐという藤本路線を、植村社長は数値目標のかたちで引き継いだ[9][10]

結果

非資源が支えた発足以来の最高益

藤本路線で積み上げた非資源の事業群は、数年を経て利益に表れた。2023年3月期、双日は当期純利益1112億円を計上し、2004年の発足以来の最高益を記録した。資源市況の高騰という追い風も重なったが、このうち非資源分野の収益貢献は800億円を超え、資源価格が動いても一定の利益を保てる収益構造が数字に表れた。翌2024年3月期も当期純利益1008億円を確保し、中期経営計画2023が掲げた「発射台1000億円」の目標を達成した。2016年3月期の365億円から、利益の水準はおよそ三倍に伸びた[11]

非資源の積み上げを象徴するのが、ベトナムでの食料事業の深掘りであった。2023年11月、双日は傘下2社を通じ、ベトナム最大級の業務用食品卸ダイタンベト(New Viet Dairy)を完全子会社化した。同社は約6000のホテルやレストランに約二千品目の食材を届ける卸で、双日は既存のベトナム食品事業と束ね、独立系の小売から高級飲食店まで届く販路を手中にした。原油や鉄鉱石の市況とは無縁のこの一手は、周辺事業をつないで塊にするという「カタマリ戦略」を、アジアの成長市場で具体化した案件であった[12]

出典・参考