大林芳郎
大林組・元取締役社長
社長就任 1943年11月
生年月日 —
学歴 東京帝国大学工学部建築科
出自 —
社長就任までの出自
出自
1941年3月に東京帝国大学工学部建築科を卒業し、同年4月に大林組へ入社した。創業者の大林芳五郎氏の孫にあたり、父である大林義雄氏の死去を受けて1943年に3代目社長を承継した。取締役社長への就任は同年11月で、入社3年目・25歳での継承だった。1958年1月時点では発行済株式の19.63%を持つ筆頭株主でもあり、経営と資本の双方を創業家が握っていた。
社長に選ばれた経緯
抜擢
1943年4月に資本金を1500万円へ増やした直後、大林義雄氏の死去に伴って社長を承継した。就任は応召中に命じられており、後継を選ぶ過程を示す記録は確認できない。創業から業界首位に立つまで約50年を要した事業を、戦時下で引き継いだことになる。同じ1943年11月には内外木材工業の取締役社長も兼ねている。
在任中の主な施策
施策
在任は46年に及び、単体売上高は1959年3月期の347億円から1989年3月期の9447億円へ広がった。1955年1月に浪速土地、1960年11月に大林道路、1965年1月にショックベトン・ジャパンの取締役社長を兼ね、1961年6月には海外建設協会副会長に就任している。第一次石油危機後の1976年3月期は売上高が前期の5269億円から4254億円へ、経常利益が176億円から128億円へ減少した。1989年6月、大林家と血縁のない津室隆夫氏へ社長を譲り、会長へ就任した。
大林芳郎氏の社長退任と津室隆夫氏への継承在任の評価
評価
執筆予定
経歴 1941〜1989年
在任中の業績
就任前-
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-