川崎千春

京成電鉄・元代表取締役社長

(敬称略)

Kawasaki Chiharu

更新:

生年月日
学歴 東京帝国大学経済学部
出自
出自
1903年に東京で生まれた。1927年3月に東京帝国大学経済学部を卒業し、同年6月に川崎信託へ入社した。京成電鉄へ移ったのは1940年1月で、入社から7年後の1947年6月に取締役、同年9月に常務取締役へ進んだ。1949年12月には専務取締役となった。信託会社から転じて7年で役員に列し、入社から18年目の1958年11月に代表取締役社長へ就いた。
抜擢
1958年11月、大山秀雄氏の後任として社長に就いた。大山氏は鉄道省監督局長から1942年6月に京成電鉄の常務取締役へ入り、1945年9月に専務取締役、1955年11月に取締役社長を務めた人物で、同じ1958年11月に取締役会長へ移っている。川崎氏は1949年12月から専務取締役を9年務めており、鉄道省から迎えた社長の後を、社内で18年を過ごした専務が継ぐ交代だったとみられる。
施策
社長在任は1958年11月から1979年6月までの21年に及んだ。1970年版の役員欄には大山秀雄氏が代表取締役会長として並ぶが、1971年版以降は会長が置かれていない。1975年からは1938年入社の福田郁次郎氏と1937年入社の首藤浩氏に、運輸省観光局長から1964年11月に入社した梶本保邦氏を加えた3人の副社長を置いた。1979年6月に取締役会長へ退き、1981年6月に取締役相談役となった。生え抜きと官庁出身を副社長に並べる布陣だったと読める。
評価
執筆予定
就任前(FY57)30億円
退任時-
変化-
就任前(FY57)11.9%
退任時-
変化-

参考文献経歴・学歴・出身地の裏づけに当たった資料

  • 日本企業要覧 1970年版 経歴・学歴・出身地
  • 日本企業要覧 1979年版 経歴
  • 日本企業要覧 1981年版 経歴

免責事項およびポリシー