樫尾忠雄

カシオ計算機・元取締役社長

Kashio Tadao(敬称略)

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社長就任 1960年5月
生年月日
学歴 早稲田工手学校
出自
出自
1917年11月26日、高知県久礼田村(現・南国市)に生まれた。尋常高等小学校を出て町工場の榎本製作所で働き、雇い主の勧めで早稲田工手学校の夜間に学んだ。1936年に日本バルブへ移り、戦後の1946年4月、東京都三鷹市で樫尾製作所を興した。4人兄弟の長男として資金繰りと経営を受け持ち、開発は次弟の俊雄氏が担った。1980年3月期時点で4,504千株(5.35%)を持つ第4位の株主だった。
抜擢
1957年6月のカシオ計算機設立時、社長に就いたのは父の樫尾茂氏で、樫尾忠雄氏は専務取締役として補佐に回った。父に社長を頼んだのは忠雄氏自身だった。設立第1期(1958年3月期)に570万円だった売上高は第3期に1億1,800万円へ伸び、月産200台を超える見通しが立ったため、1960年3月に資本金を50万円から100万円へ倍額増資した。同年4月に東京工場が東京都東大和市に完成し、その翌月の1960年5月に社長へ就いた。
施策
1965年9月に電子式卓上計算機を発売し、1970年9月に東京証券取引所第二部へ株式を上場した。1972年8月には表示を6桁に絞ったカシオミニを12,800円で売り出してパーソナル電卓の市場を開き、同月に東証第一部へ指定替えとなった。1974年11月にはデジタル電子腕時計カシオトロンで時計事業へ入り、1980年1月に電子楽器カシオトーンを加えた。売上高は1966年3月期の6億円から1985年3月期に2,103億円へ伸びた。
評価
執筆予定
就任前-
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
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参考文献

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