樫尾茂

カシオ計算機・元設立と同時に取締役社長

Kashio Shigeru(敬称略)

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社長就任 1957年6月
生年月日
学歴
出自
出自
高知県久礼田村(現・南国市)の農家に生まれ、20歳で長男の忠雄氏をもうけた。1923年10月に一家で上京し、東京・八丁堀の建材問屋に勤めて力仕事で家計を支えた。忠雄氏が1946年4月に東京都三鷹市で樫尾製作所を興すと、長野県諏訪で買った中古のフライス盤をリヤカーに積み、往復300キロを4日で運んだ。戦後の食糧難では東北まで出向く買い出しの役を引き受けた。1980年3月期時点で2,086千株(2.48%)を持つ第9位の株主だった。
抜擢
1957年6月のカシオ計算機設立にあたり、長男の忠雄氏が父に社長就任を頼み、樫尾茂氏が引き受けた。忠雄氏自身は専務取締役として補佐に回った。設立時の資本金は50万円、従業員は20人で、武蔵野市西久保に敷地160坪の工場を建てたところから始まった。同月に世界初の小型純電気式計算機14-Aを商品化しており、製品を1つ持つだけの新会社だった。
施策
在任は1957年6月から1960年5月までの3年間にあたる。1957年11月にリレー式計算機14-Aの製品発表会を開き、1959年5月には技術計算向けの14-Bを完成させた。設立第1期(1958年3月期)に570万円だった売上高は第3期に1億1,800万円へ伸び、1960年3月に資本金を50万円から100万円へ倍額増資した。新工場の用地は樫尾茂氏がつてを頼って探し、北多摩郡大和町(現・東京都東大和市)に決まって1960年4月に東京工場が完成した。
評価
執筆予定
就任前-
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
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参考文献

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