マルゼンの決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

部品の売り手から、製造と販売を自ら担うメーカーへ転じたのが分かれ目である。1963年10月にステンレス製の中華料理店用ガスレンジを出すと、主力はバーナーとレンジの2品に定まった。販売量が増加した1964年9月、渡辺商事は越谷市に埼玉第一工場を新設し、外注していた製造を自社に移した。渡邉昌彦氏は製造業者であることを利益確保の前提とし、販売店を通さずに売れば客の要望を自社で直接つかめると考えていた。1965年4月には商号をマルゼン燃器製造に改め、手作業の板金を機械で作る体制に切り換えた。自社工場と機械生産の体制があったから、1967年ごろからの札幌ラーメンの全国展開で売上が年率50%を超えて伸びたとき、供給が追いついたと考えられる。

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