山田勝次
TOTO・元取締役社長
社長就任 1979年2月
生年月日 —
学歴 長崎高等商業学校
出自 —
社長就任までの出自
出自
1915年に長崎県で生まれ、1936年3月に長崎高等商業学校を出て同月に東洋陶器へ入社した。1959年1月に取締役、1961年1月に常務取締役へ進んだ。そこから専務取締役までは12年あり、1973年1月に専務取締役、1975年1月に取締役副社長へ上がった。1959年1月に常務取締役へ就任した黒河隼人氏が1963年1月に専務へ進んだのに対し、山田氏は常務のまま12年を過ごした。入社から社長就任までは43年である。
社長に選ばれた経緯
抜擢
1979年2月、黒河隼人氏の後任として取締役社長に就任し、黒河氏は取締役会長へ回った。取締役副社長へ就任してから4年での昇格である。就任前年度にあたる1978年11月期は売上高1063億円・経常利益107億円で、売上高が初めて1000億円台へ乗った期であった。第1次石油危機後に抑えていた設備投資を本格的に再開したのは、就任の翌年である1980年からだった。
在任中の主な施策
施策
1980年から設備投資を本格再開し、千葉物流センターの建設と滋賀・中津両工場の衛生陶器設備の増強に充てた。同年6月に温水洗浄便座「ウォシュレット」、秋に給湯機「ユプロ」を発売し、水まわりを共通項とする住宅設備機器の総合化を進めた。売上高は1980年11月期に1422億円・経常利益155億円まで伸びたが、新設住宅着工の減少を受けた1981年11月期は1345億円・123億円へ減った。
ウォシュレットで米国参入在任の評価
評価
執筆予定
経歴 1936〜1979年
在任中の業績 FY77→FY02
就任前(FY77)1,063億円
退任時(FY02)4,396億円
変化(25カ年)+314%
就任前-
退任時-
変化-