杉原周一
TOTO・元取締役社長
(敬称略) 生年月日 —
学歴 東京帝国大学工学部
出自 —
- 出自
- 1907年に大分県で生まれ、1931年3月に東京帝国大学工学部を出た。東洋陶器へ入社したのは1948年5月で、41歳での中途入社である。入社から4年8か月の1953年1月に取締役、1957年1月に常務取締役、1959年1月に専務取締役、1966年9月に取締役副社長へ進んだ。同じ役員欄に並ぶ黒河隼人氏は1930年入社から取締役まで23年、山田勝次氏は1936年入社から23年をかけており、杉原氏の5年は際立って短い。
- 抜擢
- 1966年9月に取締役副社長へ就き、10か月後の1967年7月に取締役社長となった。就任と同月に子会社である東陶不動産の取締役社長を兼ねた。就任前年度にあたる1966年11月期の売上高は147億円で、1960年11月期の42億円から6年で3.5倍に増えていた。1967年4月には水栓金具の一貫工場である小倉第2工場が完成しており、衛生陶器と金具の増産投資が続くさなかの交代であった。
- 施策
- 在任中の1968年に事業本部制を敷き、同年4月に衛生陶器の中津工場を新設した。1969年に商標を「TOTO」とし、1970年3月には社名を東洋陶器から東陶機器へ改め、同年に食器部門を廃止した。陶器メーカーの看板を外し、建築設備機器の総合メーカーを名乗り直す整理である。1971年5月には水栓金具の大分工場が完成した。売上高は就任前年度の147億円から、退任前年度の1971年11月期451億円へ3.1倍に伸びた。
- 評価
- 執筆予定
就任前(FY66)178億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献経歴・学歴・出身地の裏づけに当たった資料
- TOTO「Predecessors|Our Founders' Wisdom」 読み
- TOTO「先人たち|先人の言葉」 読み
- 日本企業要覧 1970年版 経歴・学歴・出身地・生年・出自