ビー・エム・エルの歴史
沿革
1955年に保存血液の製造販売を目的に設立された相互ブラッド・バンクが起源。
1964年に臨床検査へ事業を転換し、2002年には大塚製薬から臨床検査事業を譲り受けた。臨床検査の受託を主力に電子カルテも手がけ、2025年3月期の売上高は1,432億円。
創業期
1955年〜相互ブラッド・バンクの設立と臨床検査への事業転換
- 保存血液の製造販売を目的に相互ブラッド・バンクを設立[1]
- 臨床検査業務への事業転換に着手[1]
- 臨床検査センターを設置[1]
- 富山県富山市に営業所を設置し全国営業所網の構築に着手[1]
- 相互生物医学研究所に商号変更[1]
- 医療機関内に置く院内検査施設の設置を開始[1]
- 臨床検査試薬モニターGカラムの製造販売を開始[1]
- 富山県富山市に衛生検査所を設置[1]
売上高
- 売上高
ビー・エム・エル売上高—
成長期
1985年〜BML総合研究所の開設と検体処理の自動化
- 埼玉県川越市にBML総合研究所を設置[1]
- 病理・細胞診検査のピーシーエルジャパンを設立[1]
- 医療情報システム構築のためメリッツを設立[1]
- ビー・エム・エルに商号変更[1]
- 東京公衆衛生研究所の株式を取得し子会社化[1]
- 全自動の検体受付・分取・分配システムが完成[1]
- 米国臨床病理医協会の臨床検査施設基準の認定を取得[1]
- 本社を移転[1]
- 子会社ビーエムエル神奈川を吸収合併[1]
- 松戸市・松戸市医師会と共同出資で松戸メディカルラボラトリーを設立[1]
- 松山医師会と共同出資で愛媛メディカルラボラトリーを設立[1]
- 生化学・血液検査の自動分析システムが完成[1]
- 生物医科学研究所の株式を取得し子会社化[1]
- 協同医学研究所の株式を取得し子会社化[1]
- 食品衛生検査の受託を開始[1]
- 生体情報解析事業部を設置[1]
- 鹿島臨床検査センターの株式を取得し子会社化[1]
- 千葉県柏市に調剤薬局アリア薬局を開店[1]
- 自動分析トータルシステム「シンフォニー・リガンド」が完成[1]
- 第一臨床検査センターの株式を取得し子会社化[1]
- 医薬品の開発業務受託機関(CRO)としてアレグロを設立[1]
- 遺伝子組換え食品検査の受託を開始[2]
- 日本証券業協会に株式を店頭登録[1]
売上高
- 売上高
ビー・エム・エル売上高—
成長期
2000年〜東証一部上場と大塚製薬からの臨床検査事業の譲受
- 電子カルテの販売を開始[1]
- 福島臨床検査センターの株式を取得し子会社化[1]
- 大気・水質などの環境検査を開始[2]
- 遺伝子検査の開発と受託を開始[2]
- 東京証券取引所市場第一部に株式を上場[1]
- 共同検査システムの株式を取得し子会社化[1]
- 大塚製薬から臨床検査事業を譲受[1]
- 環境科学コーポレーションの株式を取得し子会社化[1]
- BML総合研究所に生化学一般検査の新ライン「新シンフォニー・ケミストリー」が完成[1]
- クオールに調剤薬局事業を譲渡[1]
売上高
- 売上高
ビー・エム・エル売上高—
成熟期
2010年〜国際治験用共同ラボの設立と電子カルテ「Qualis」の展開
- 米国コーヴァンス社と国際治験用の共同ラボを設立[1]
- 大宮臨床検査センター(現第一岸本臨床検査センター)を設立[1]
- 診療所向け電子カルテQualisの販売を開始[1]
- 九州オープンラボラトリーズを設立[1]
- QOLセントラルラボラトリーズを設立[1]
- 中国上海駐在員事務所を開設[1]
- 岡山医学検査センターの株式を取得し子会社化[1]
- 上海千麦博米楽医学検験所有限公司に出資[1]
- BMLメディカルワークスがメリッツサポートシステムズを吸収合併[1]
- 東海細胞研究所の株式を取得し子会社化[1]
- 東京証券取引所プライム市場へ移行[2]
- クラウド版電子カルテQualis Cloudの販売を開始[2]
- BML総合研究所の新棟が稼働開始[2]